地味に日々ちょこちょこみています。聖誕祭DVD。
オリコンデイリーランク DVD総合6位 音楽2位おめでとうおめでとう。
完結巻。
明るいことばかりではないずっしりとした重みを持った青春と音楽の話。
サトルたちは3年生になって新生学園高校音楽科は変革の時期がやってきた。女子のみ受け入れになったりオケの編成が大きく変わったり「いい学校」になろうとする。
今巻は文化祭のシーンがすごくよかった……最初で最後の舞台とかせつねー。
饗宴になってるシーンを想像してスウィングガールズ的なものにいきあたる。
名作でした。今度は1巻から通しで読みたい。最近そういうのばっかりだな。
あの夜僕は、人間の力ではどうにもならないものに向かって泣いたのだと、今の僕は思う。そしてそれは、幸運とか不運とかいったことではなかった。運命とか宿命などというものとも、少し違っていた。
(P204)
昨日NHKで「たった一人の反乱」という番組をやっていました。テレビ欄の紹介文から懐かしいあれではないかと思って見てみたら予想通りでした。小学校の時先生の読み聞かせ&最後まで読んだ後実際に海岸掃除にいったという思い出深い本の、別の角度からのドキュメント的なあれです。
この本です。
超昔の話なんですが、小学校の時の記憶というのはすごいものでテレビ見てたら段々思い出してきました。すごく懐かしい。参観日の時に森田さんの手紙が読み上げられたような覚えがあるんです。
NHKオンデマンドでも見られます。
NHKオンデマンド たったひとりの反乱,「ヘドロの干潟をよみがえらせろ」
どうしてそうなった!(主に終盤)
サブダイトルそっちか!1
1巻から約2年の月日が流れているようだ。
必要以上の外交をしないツァーリアから使者がやってくる。同時期にブロウからも和平締結のためロクソンにやってくる。ツァーリアの使節にはロシュア、ブロウからはジェラールがいるのだが共に「第二王女を王太子妃にしたい」という申し出る。
レウリアの異母妹ミザレアがジェラールを気に入って「自分こそが第二王女。この国に王女は嫁いだ姉と自分のみ。喜んでブロウに嫁ぎましょう」という。いろいろこじれたりごたごたする。
巻を重ねるごとになんかどんどん読みにくくなっている気がする……。
読みにくいとストーリー周りやキャラクターがどんなに魅力的でも半減するのです。しょんぼりである。
たぶんわたしにとっては読点が全体的に多いんだと思う。「、」と「っ」「ッ」が重なればもう読むリズムがガッタガタになります。読点が多いのはたとえば死神姫のディネロの台詞もそうなんだけど、あれはあくまで「キャラの個性」であって「お前読点多すぎ」とは思うけどまた別。「禁書18オノマトペ多用されすぎて読みにくい」と同じなんだ。あと「……っらないでッ」みたいな台詞の一部が伏せられたり途切れ途切れで終わる台詞が度々登場するのですが、それへの違和感と分かりにくさがあった2。ふつうのドラマとか漫画とか文字以外の何かがあるものだったらありだと思うんだけど。
あと1冊2冊程度でシリーズ終了3の気はするんだけどここでさよならだなあ。設定周りとしては好きなんだけど、「どうしても苦手なキャラがいる」ならともかく読みづらいのは本当にどうしようもない。
初版なのでショートストーリー付ペーパーが折り込まれていたのですが、これ本当にレウリア寝てるのか?
寝ている割にどえらいはっきりと喋るものだな4。わたしはてっきり「2人きりの気まずさ」から寝たふりをしたレウリアの話だと思ったよ。
あちこちで発表したエッセイ。
新聞・各種文芸誌掲載分や書き下ろしもあるしニコンの雑誌とか「初出:不明」なんていうものもある。
そら頭はでかいです、世界がすこんと入りますに収録されていたみたいな「こ、これは本当にエッセイなのか……?」と思うような恐ろしい感じの話はない。
エレベーターの話とか親戚が増えたとか川上甥っ子並に笑った。しぬる。
あと西加奈子さんのエッセイの時もそうだったけど人の酔っ払い時の行動の話は何でこんなに面白いんだろうな。なかには芥川賞受賞時のものもあるので桜庭さんもちらっと登場する。1
評論や書評でおおまかな筋や背景は理解していても、実際その本を読む、という行為から導かれて降り立つ世界は、それが面白くても面白くなくても、まるで違うものです。あたりまえのことですが、時の洗礼を受けて継がれてきた古典や名作といわれる本も、自分が読んだことがなければいつまでも他人にとっての話であるだけで、それが名作であるかどうかなんて分かりません。
(P126)
できるだけ、今の自分から遠いところに手を伸ばすこと。もちろん近くも大事ですが、いつか近いところにしか手が届かなくなる日は確実にやってきますから、手足のぐんぐん伸びるうちはどんどん遠くを触ってください。
(P127)
- 桜庭さんも読書日記じゃないエッセイ出版しないのかな……とか思う。 [↩]
買っちゃった⊂´⌒つ。Д。)つ
フィガロはわたしが読む本の傾向とまるで違う感じなので参考に……
(桜庭一樹・伊坂幸太郎・いしいしんじ・角田光代とかいます)
本を読む行為をあさましく感じたこともあったんですよ。美術館に行って、絵の情報を読んでしまうと、その絵を自分がどう見ていたのか忘れてしまうみたいな。
——長塚圭史
ダヴィンチはBOOK OF THE YEAR号です。
長いのでおりたたみます。
最終巻まであと1冊。
今回は学校をでて首都で悪魔祓いのバイトです。パートタイムエクソシストです。
こう書くと別の作品みたいだ。
レクスは随分と丸く人間くさくなったなあと思ったり、料理の腕がひどかった(いい意味で)
あと犬のほうのエルデンにえらいきゅんとした。わたしももふもふしたいです。心行くまでもふりたいです。
猫派ですがもふれる存在は心行くまで触りたい。エルデンは犬だけどルーナエとレクスは猫もしくはネコ科だね。気位が高かったり警戒心が強かったりしてなかなか触れない類の。
あとお父さん! お父さんがラスボスかと思ってたらお父さん! すごい。
ラブコメからより恋愛方面に滑り込んだと思ったら急にがっこんシリアスルートに突っ込んでいった。
そしてわたしユリアンの過去にときめいてしょうがないよはっはっは。とても好物です。というか6章がとても「ずっと俺のターン!」だった。好きな要素ががっつり詰め込まれていた。ときめきすぎる。1
「嫌だ、やだ、そっちに行きたくないんだ!」は銃姫〈4〉のくつしたでどっかん☆で再生され、大聖堂の鐘の音は「タルタロスの滅びの鐘」で、追撃とばかりに志方あきこの?の冒頭2が脳内で流れる。
そして「血の供物は受け取った」は「あかいのありがとう」鼻血ものである。
不老不死的な存在が愛を知って共に過ごし衰えやがて死ぬというのはえらいときめくのです。
古くは100万回生きた猫、新しいどころでは鋼の錬金術師とかマギの魔法使い3とか。
次がラストです。楽しみだ。
愛するひとと一緒に過ごす、ほんのわずかな数十年。いつかは必ず終わると約束された温かさ。
それこそが、しあわせというものなのかもしれない。(P220)