小さな離島に住む僕と車椅子の少女マチ。小学校のときはさておき今では不仲になってしまった僕らがなぜか時空を超えることになった。最初は自分たちがどこにいるのか分からなかったし島の外観は短期間で変わったりしない。でもそこには確かに時間を越えた証拠があった。マチが自分の足で立っている。
青春! 青春だった! すんごいおもしろかった。
ということで以下はネタバレです!
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ハッピーアイスクリームって(歌集にしては珍しい感じに)文庫にもなっていたけどあっちももう入手困難の気配なんだろうか。あのハッピーアイスクリーム3度目の出版。前半は短歌を元にした小説。後半は短歌。
ハッピーアイスクリームは10代後半〜20代前半の頃に最初のマーブルブックス版で読みました。
もうその頃からすごく好きです。今回これ読んでるときも魂がすごく思春期だった。
短歌では昔から
どうしようどうしていいかわかんないどうしようあたしあの人が好き
欲しいとか欲しくないとかくだらない理屈の前に奪ったらどう?
あいまいが優しさだって思ってるみたいですけどそれは違います
幸せにならなきゃだめだ 誰一人残すことなく省くことなく
このへんがもうすごく好きなんですよ。このどうしようもなく青い感じ。解説に出て来た子じゃないけど「分かる!」なんだよね。共感というか理解。私はこの青さをいくらか持ち続けていたい。少なくともラノベが好きで読んでいるうちは。
もったいなくて読めなかったGOSICKの完結巻を2011年の終わりと2012年のはじまりに読む。
作中時間と現実時間がいい感じにリンクしていた上巻。
クリスマスの村でヴィクトリカへのプレゼントに15個を謎を集めていた一弥は村の異変に気づく。それは二度目の嵐の前触れで日常の終わりを告げるものだった。
2人が引き離されて以降の展開が本当に惨状だった。
コルデリアはアルベールの直接対決のところが本当にすごかった。大人らしい格好良さだった。
たくさんのものを失いながら光のある方向へ走るヴィクトリカと、ずっと腫れ物に触るようだったグレヴィールの叱咤と、戦地から送る一弥の瑠璃への手紙がすごくせつなかった。風には勝てない。でも心ははなれない。
ヴィクトリカを置いてソヴュールを離れることになってしまったことが重くのしかかって、自分を許せないでいるあの手紙のところは好きだな。
グレヴィールがただのイケメンに戻っていてこれはなにごとだ……! とおもった。
「大切、すぎて。だって、君って人を失ったら、ぼくはどうしたらいいのかわからないよ。なんのために生きているのか。このさき、君以外の、いったいなにをうつくしいと信じて生きていけばいいのか。ぼくはなにもわからなくなっちゃうから……」
(上巻 P119)
「世界がどう変わろうとも、これきり、君と離れるものか」
(下巻 P217)
連作短編。
恋愛願望がないとか感情に溺れられないとか一人で生きていたいとか、恋愛が苦手なんですという女性3人組による物語。一話目はそんなにピンと来なかったんですが、一人で生きちゃ駄目ですか? 以降は結構好きだった。ちょうど秋なので「物寂しい抱き枕ほしい」期を長期にこじらせたころだったころに読んだので、あるあるあるwwwwとなった。
これの感想を書くにあたりハードカバー版の書影を見たのですが「あれか!」と思い出した。
あっちは下着女子が表紙だったので読もうという気にはならなかったんだった。
大切なのは、自分でいられる場があるかどうかだ。その意味で荷風さんは幸福だったろう。個人主義者やネットおたくの「自分大好き」ぶりは、世間さまの攻撃の的だけど、ほっといてちょうだい。自分嫌いの八つ当たりで他人を傷つけたり殺したりするより、いいでしょう。
(P86)
なんか2巻が出た全裸がやってくる。
小説家志望が小説家になって、デビュー作が本屋に並んだものの鳴かず飛ばず。
担当編集から「可愛い女の子を出そうぜ!」といわれ書いた2作目はドーンと売れて、でも書くのに四苦八苦している。
「師匠」甲斐抄子との交流がなんだか暖まりますね。よい変人です。友達でも無論恋人でもなく「師匠」といってもなにかを教えるわけでもないような感じなんですがこの距離感は良いと思います。
1巻と同じくこれ入間人間本人のことなんじゃないだろうかと思いつつ、なんか煙にまかれる感じでストーリー・セラーっぽい。「この物語は虚構である。ただしそのすべてが虚構であるとは限らない」みたいな!
「小説と恋愛する話」に某Dとか某kとか想像しちゃったのはしょうがないと思う!
宝塚入門のための1冊。
初ヅカ体験してみたいひとへのQ&Aとかちょっとはまりそうな人に対するQ&Aとか、文庫版でお手軽に!
関東でヅカデビューしようかと考えている人はちょっとこれ読んでください>各位
Q:宝塚を観たいのですが、どうしたらいいですか?
A:職場や学校でさりげなく「宝塚、行ってみたいなあ」と呟いてみましょう。(P52)
と言った結果、はるばる関東から兵庫までやってきたのがこいつです。
SHもそうだけど仲間を増やすことに対しては余念がないので悪いようにはされないと思います。
ちなみに漫画でヅカ入門だというと
こういうのもある!
眠らない町の片隅にそのパン屋はある。夜中から明け方にかけて開店しているブランジェリー・クレバヤシはオーナーと修行中のパン職人のふたりで営業している。まだ開店して間もない新しい店だ。
このパン屋を巡る物語。連作短編。
希実は生まれてからというもの放蕩者の母によってあちこちに預けられて育った。
祖母・母の勤め先のママ、ボーイ・飲み屋で同席したの店主、コンビニで同じ雑誌を手に取ったOL。カッコウのような母の最後の托卵先として選んだ場所は「腹違いの姉」の元だ。希実はそれが嘘だと分かっている。でも住んでいたアパートは解約され母は学費が入った通帳を残し旅に出た。父は随分前に会うことさえ拒否された。
希実はもうひとりだ。
覚悟を決めて転がり込んだ先が「ブランジェリー・クレバヤシ」だったが、母のいう「義姉」は事故死した後だった。希実はその後パン屋の手伝いをしながら、ある日小学生の万引き事件からはじまる、母失踪騒動に関わっていくことになる。
自分だけではもうどうにもならない状況になった擬似家族を作っていく物語。
こだまのもとには母が戻ってきてこれからも色々あるんだろうけど、それはもう物語の外だと思う。でも希実はどうなるんだろう。お互いは知っててだまってるような「本当はまったくの他人」であることをいう日や母と再会する日は来るんだろうか。まあ年齢が年齢だしこのまま独立する/せざるを得ない感じはする。これはもう少し続きが読みたい本だと思う。
97歳の生年祝い「風車祭(カジマヤー)」を迎えたオバァ、フジの楽しみは長寿と人を弄ぶことだ。
長寿者が多い沖縄といえども風車祭をできる者は早々おらず、フジの同級生はもうこの世にいない。
風車祭を控えたこの1年は長い1年だった。魂(マブイ)を落としてはユタに回収させることは日常茶飯事だったが、もう2度とマブイを落とさないようにお守りを肌身離さず身につけ、マブイ不在の間は貴重な経験と思い出を作った。すべての始まりは旧暦(沖縄暦)8月15日シチの日。あの世の正月のことだった。
高校生の武志はシチの日に200年以上もこの島にとどまる美しき盲目の幽霊ピシャーマと6本足の豚ギーギーに出会い恋に落ち、マブイも落としてしまう。武志はピシャーマがグソー(後生、あの世)に旅立てるように手助けをする。
ある夜ピシャーマは夢の中でニライ神マユンガナシィと出会う。マユンガナシィはこの島が滅びる予言を次々に下した。
やがて島は数々の災害や凶事に見舞われ始める。
沖縄の祭事・民謡・あとは沖縄語がいっぱいまざって「沖縄ってまじファンタジー」っていう感じがする。
主人公は武志なんだよなあ? と思いつつフジオバァの主役喰いっぷりがすごい。
武志と郁子とピシャーマのパナパナとハーリーが好きだ。予言が成就されていく様がすごい。
「だからよー」で済まされている島の空気が段々不穏な色を帯びてきて尋常ではないことが次々に起きて加速していくところがよかった。この島の終焉、津波までのカウントダウンをはじめるシーンとか知らない登場人物、「逃げてーちょーにげてー」としか言えない読者(私)。まじやばい。
どっぷり物語につかれる感じがとてもよかった。
時期が時期だけにひやっとするのは天災系のあれらだ。大雨・洪水・干ばつ・群発地震・津波。
寒かったかと思えば急に気温が上がり5月だというのに台風直撃コースとかいみがわからない。
大輔は祖母の遺品のなかから「夏目漱石」とサインされた全集を発見する。一緒に「ビブリア堂」と書かれた栞も挟まっていた。この本は価値あるものなのかビブリア堂に持ち込むことにした。鎌倉の片隅にひっそりとある古本屋「ビブリア堂」の店主は現在入院中で病院へと案内される。
ここの店主は若くて綺麗な女性だ。本のことに関してはとても熱意にあふれた饒舌な人物なのだがそれ以外のことでは人見知りが激しく初対面の人間と話をするのはひどく苦手だ。
店主篠川栞子は持ち込まれた古書とそれにまつわる謎を解き明かす。
大崎梢の書店周りのミステリ作品とか野村美月の文学少女(ただし登場人物は20歳以上)という感じ。
こういうのは結構好きな感じです。2話が好きだ。