おことわり(2024/3/27追記)

2/18時点ではマチアソビは春は中止、今後「マチ★アソビ」というイベントタイトルでの開催は難しそうな気配がしていましたが、ごく短期間で方向性が変更されました。
最近このエントリの検索エンジンからの流入が増えているようなので、2/18以降の経緯をざっくり追記します。後日まとめエントリを作成します。
2/18 マチアソビ2024春中止報道
2/19 春中止に批判殺到
2/20 春は民間主導で開催したい
2/26 県議会で論争続く
2/27 県がマチアソビを見直すことをアニメまつり実行委員会に伝えてないことが判明
3/1 実行委員会開催に向けて調整中
3/4  春は地元有志らでコスプレイベント開催に向けて動き出す
3/5 後藤田知事がプロレスのリングでマチアソビ批判をしていた件でブシロード木谷氏が発言
3/6 実行委員会開催。これまでのマチアソビを存続させることで合意
3/11 県議会閉会。マチアソビなどにぎわいづくり事業今月中に制度を発表すると知事
3/15 徳島県庁人事異動発表。にぎわいづくり課は「観光スポーツ文化部にぎわい政策課」へ再編。課長・副課長ともに異動
3/27 春は出演者調整が難しい関係で正式に開催見送り決定。秋は縮小開催。通常開催は2025年春。
#マチアソビ 2024春開催見送り→秋は縮小開催→2025春通常開催へ | colorful

ちなみにufotableが2019年にマチアソビのプロデュースを外れた経緯は以下のエントリをご参照ください。
色々あった #マチアソビ 2019を振り返る。 | colorful

以下2024/2/18更新分

死亡通知がきましたね。
以下ソースは本日の徳島新聞朝刊より。

19年秋公募で選んだ東京の音響制作会社(マウス)とは開催ごとに随意契約。公平透明化のため直接委託に転換。業者の選定に時間がかかるため、春のマチアソビは中止する。秋には開催予定だがマチアソビの名称使用は未定。事業費4000万。
このほか声優・アニメーターといったアニメ関連の人材発掘、幅広い世代がeスポーツを楽しむイベントなどを広域で開催するための事業費4千万も当初予算で盛り込んでいる。
ぷちアソビは見直しを先取りして東京の広告代理店に業務委託した。
ぷちアソビは実行委員と県の間の意見のずれがあり、十分な協議はないまま開催された。
ぷちアソビ参加30代女性「他の親子向けイベントと差別化できてない。アニメ中心に戻して」
東新町1丁目商店街振興組合理事長「「売り上げ増や賑わいに期待していた店は多い。長年協力しており開催しないなら事前に説明すべき」と不信感を募らせる

なおぷちアソビではマチアソビを主催するアニメ祭り実行委員会の会長が受付での対応を巡って県職員の頬を1回軽く叩く事案が発生した。マチアソビは元々肖像権や著作権を保護するためにパス・撮影許可証を持たない人は撮影が制限されている。会長はそのルールは生きていると思いスタッフパスを求めたが、県職員「用意していないので出せない」会長「なぜ出せないのか」と押し問答になり、手を上げる事案になった。
この押し問答になった撮影についてだが、ぷちアソビは撮影がフリーだったようだ。著作権や肖像権に全く無頓着だった可能性があり、それは別の意味で問題があるのではと思う。ちなみに会長側は「昨年末からぷちアソビ開催をめぐる協議を徳島県庁にぎわいづくり課へ求めていたが2月まで協議が開かれることはなかった。そのため不信感が募っていた。ほかの委員に申し訳ない」とのこと。県職員に特に怪我があるわけではなく謝罪もされていることから被害届は提出されない。

マチアソビ中止の記事では「意識のずれがあり十分な協議が行われていなかった」と記載されているが、「意識のずれ云々よりそもそも話し合いの場が持たれていなかった」のではないかとも思われそれは問題であると思う。無論感情のままに手をあげたことは悪いことだ。

いやでも実行委員長、わたしは10代時分からポッポ街で日常的に(一方的にではあるが)お世話になっている人でよく知っている人だ。その後ずいぶん経って経って、いつぞやのマチアソビでも友達に連れられて行った先で一方的に再会を果たした。特に変わらずしゃんしゃん動いていて指示を出していて、とても気のいいおばちゃんなのである。よっぽど腹が立ったんだろうなあとは思う。ほなけどあかんもんはあかんよって思う。

県にぎわいづくり課は新たなアニメイベントの在り方について「一部のリピーターに限られていた参加者を幅広い年齢層に広げたい。今後の企画や開催場所は新旧イベントの良かった点を精査して決めたい」とのこと。
14年参加してきた身としては元々10代〜30代の男女参加は非常に多く、推定40代以上の方も多く見られる。ぷちアソビでは推定40代以上の熱心な男性ファンも多く見られていた。ある年新町橋東公園で開催された上野優華さん(徳島県出身)のライブでは「おたくもゆうかちゃん見に来たんで(あなたも優華ちゃんを見に来たんですか?)」と上野優華さん自身の祖父母世代の姿が多く見られた。あの高齢者の多さはマチアソビでもあまり見られるものではなくものすごく記憶にのこったので、今ここに書き記す。
またぷちアソビではufotable cinema前で煉獄さんの等身大スタンディが置かれ「祖母と孫連れ」みたいな組み合わせが多く孫のために来たのかと思えば、お祖母様も嬉しそうに煉獄さんとツーショットを撮影されていたのが大変印象的だった。

「徳島県は県中心部に山があり海があり川があり、ちょっと車を走らせれば緑豊かを通り越して秘境にたどり着くことができる」というロケーションをもってしてでも、2007年に公開された「眉山」以外に多くのエキストラを動員する映画はなく(年数本映画の撮影が行われているという新聞記事は見る)映画撮影地として観光客を呼べる場所もない。
神山まるごと高専のような面白い取り組みはあるけど、わたしもいつぞやにNHKの番組を見るまでは何をしているのか全く知らなかった。なんせ神山である。

マチアソビは元々ufotable近藤光社長(徳島県出身)がはじめたイベントだ。
白滝製麺さんのツイートによれば近藤社長は別に「ここはひとつ故郷に錦をあげてやろう」的な意識でマチアソビをはじめたわけではないようだ。

このツイートから始まるスレッドを読んでいただくとして、マチアソビやってる期間の東新町は、少なくとも「わたしが知ってるにぎわってたころの東新町」なんですよ。すごく懐かしかった。籠屋町の、コルネのところを曲がったところあたりに映画館があって、細いエレベーターをあがってドラえもんの映画を見て、帰りにニコニコヤ(おもちゃ屋)に行って、マクドナルド(今アニメイト)でフライドポテトを食べて、なんかドナルドがいる小屋みたいなところにフライドポテトを持ち込んで食べて、家族のところにいって戻ったらフライドポテト片付けられてショックを受けたあの頃の東新町。家族で行くレジャースポットだった東新町。
籠屋町の映画館が閉まる日、ちゃんと覚えておこうって見に行ったなあ。

ちなみにうちの母親世代が若かったころ、昭和40年ぐらいと思うんですけどあの辺は肩がぶつかるレベルのにぎわいだったそうです。この時の写真は東新町商店街内に掲示されています。あの写真を撮ってきて、「こんな感じだった?」って聞いたら「ああ懐かしい写真やなあ」といってました。近藤社長の世代だったらもしかしたらこっちのほうが近いかもしれないですね。
お金の問題はいろいろあったけど、社長が飯泉前知事待機してフォークダンスしてたりしたせいでべさまのイベントめっちゃ押したりしたけど、徳島のアニメイトが本も売るようになって、(※徳島店を除く)が除かれて、西新町再開発問題や新ホール問題はなんら前進してないのに「映画館つくりまーす」って言って、あっという間に開業にこぎつけて、今も営業してくれてることはufotable及び近藤社長には本当に感謝しています。

マチアソビでやっていたイベントは東京だったらチケ代6000円ぐらいでやってるようなイベントが同時多発で無銭で、しかもステージと2列目までぐらいの距離感でやってるようなものでした。
「山頂にでかいスクリーン置いてみんなでアニメ見たら面白くない?」とか「〇〇さんなんか面白いことやってよできるでしょ」ってやってたら、「なんか面白いことやってるらしいじゃん」で業界の人が「うちも混ぜてよ」って集まって、その人らを見に大勢が全国各地から来てたようなものでした。
人脈あって発想が面白い徳島出身の社長が転がした雪玉が大きくなったイベントでしたが、いろいろあって割れました。作り直すらしいけど、転がす人が変わるから何ができるかわからないけど現状はちょっと期待できません。

秋は開催しますっていってるけど、ufotableプロデュースに戻るぐらいのウルトラCがないとあのにぎわいはもう帰ってこないんだろうな。寂しいな。本当になくなるのは一瞬のことだわ。
徳島はまたただのエンタメ後進国に戻ります。マチアソビをやっているような土地ではあるけど、とらのあなのような業態の本屋さんは存在しないサブカル後進国。わたしが10代時分に戻るのかと思えば、もう南海ブックスはないからあの頃より状態は悪いです。