カテゴリー「 単行本 」の記事

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告白

すごい本。少女よりはこっちが好きだな。後味はすんごく悪いけどそれを求めて読むのです。
人は白い本だけで生きてちゃ駄目だ。

悪意とか歪んだものとかよかれとおもって……とかが最悪のタイミングで交差している。
それはあーあーあーとかやっちゃだめだーとかいいながら読んでた(主に2章で)。
ちなみにわたしのなかではウェルテルは章の最後で殺されるかと思ってたのになんだ生きてるのか……とおもったなど。自分大好き陶酔系の教師ははじかれるとおもうんだ。

f植物園の巣穴

幻想度が高い。読んでるとぼうっとする。現実と幻想の境界がよく分からない本だった。
○章とか区切りがないのでずっとどっかに連れて行かれてる気分だった。
ぺらぺらしてたときは家守っぽいなあと思ってたけどちょっと違う。
沼地っぽいというのをよく聞くので沼地を読んだらまた挑戦したい。

うたうひと

短編集。
タイトルの通り「うたうひと」つまりミュージシャンが主人公。
日本が舞台だったり外国が舞台だったりドリフターズがモデルだよねこれという話とか。
豊島ミホのカウントダウンノベルズをちょっと思い出した。
好きなのは「その夜に歌う」「笑うライオン」。というか「その夜に歌う」はよい!

ジョーはピアノバーのオーナーだ。しかしピアノは埃をかぶっている。誰かを雇えるほど金に余裕はなかった。
ある日いつもと同じように開店準備をしているとエリックがバーを見ていることに気がついた。
貧乏学生か浮浪者一歩手前の風貌のエリックに上等な客ではないと思いつつジョーは声をかける。返事はない。
きらきらしているエリックの目はジョーを見ておらず見ているのは店のずっと奥のピアノ。
ピアノを弾かせてほしいというエリックにジョーは「その服は臭い、着替えるなら弾いてもいい」と条件を出した。
いざ弾かせてみればクラシック・ジャズ・ロック、ほか弾けないものはないとばかりに弾く。
ピアノがうまくて歌もうまい。その日からエリックはジョーのバーのピアニスト兼皿洗いとなった。
エリックとミンディにときめいた。

子どもに本を買ってあげる前に読む本—現代子どもの本事情

子どもいないけど読んだ。子どもを取り巻く本の環境についての本。

まず本を2つのタイプに分けていた。空想系(小説とか創作物全般)とリアル系(エッセイとか図鑑とか伝記とか政治ものとか本当にこの世にあるもの全部)

驚愕!だったんですが(でも考えてみれば、当たり前なんだけど)
"低学年は、まだ"リアル系"と"空想系"の区別はついていない!"
んですね。これは"著者"というコトバを解説したときに気がつきました。
小学四年生までは作者という概念がわからないのです。五年生はね、わかるのよ。でも、
"サンタクロースはほんとにいるっ"と思っている人たちにとっては空想系の本もリアル系!なのです。

(P32)

思えば確かにそのぐらいまでは「作者」という概念が希薄だった。「モモ」は「モモ」であって「エンデ作」ではなかった。それ考えると初めて作者を意識したのって折原みと・小林深雪あたりかもしれない……
あとケータイ小説とかYAとか学校図書館の作り方とか古い本が読めなくなる理由とかそんなかんじだった。

神去なあなあ日常

白いほうの三浦しをん。林業を営む人々とそこで働くことになった勇気の成長の話。
勇気は高校卒業したが進路は決まっていなかった。大学には行かず、かといって就職する気もなかった。
適当にフリーターをやるつもりが、担任と母の陰謀と「緑の雇用」制度によって林業の世界に放り込まれることになった。
行き先は横浜を遠く離れた三重県の山奥、神去村。
住人の多くは60歳以上、携帯の電波は村では基本的に入らない、手紙ひとつ出すのもいちいち面倒な不便を絵に描いたような過疎村だ。
100年サイクルの林業を営む人が多く夜は遊ぶところもなくこの村の住人の気質はおっとりしている人が多い。神去弁でいうところの「なあなあ(ゆっくり行こう・落ち着け・今日はいい天気ですね)」「なっともしゃあない(なんともしかたがない)」を地で行く神去住人はときどきワイルドすぎて冷たい。

冬から始まって冬に終わる1年の物語だ。3章が超好きだー。
「オオヤマヅミさん(山の神さま)」とか「大祭の年」「誰にも見られず深夜ひっそりと行われる祭りの準備」とか白いへび眠る島を思い出したけど、雰囲気はこっちのほうが格段に明るい。

夏祭りで山太(5歳)が勇気のところに走ってくるところの

「なあ、勇気」
「呼び捨てにすんな」
「ゆうちゃん」
「なんだよ」

(P178)

ちゃんづけはありなんかwwwとかおもった。

神去川のプール(岩を集めて作る)がいいなあと思った。私は海と山が近いので川遊びはほとんどしたことがない。祭りで使われるメドが直球でえろすぎてふいた。

山の神さまに対する村人の態度が加門七海の怪のはなしを思い出した。
怪のはなしは実録怪談集なのだけど(うろ覚えなので詳細は違ってるかもしれませんが)「祭りが見たくて役所に紹介して貰って山奥の村へ行った。『この子は神さまの子なんだ』と紹介されたり村人が並んで、声をかけるわけでもなく山のほうをいっせいに向いた。山から走る火の玉が」みたいな話があったので、神去村ももしかしたらそういう村なのかもしれないとか思った。

「静かに」
清一さんがささやいた。「大丈夫だ。じっとして」
俺は地面に立てていた釜の柄を強くつかむ。大丈夫だ。ちゃんとここにいる。霧の中で呼吸を整え、動揺を鎮める。
ドーン、ドーンと、太鼓のような音が低くした。神去村が鳴っている。ついで、かすかな鈴の音が響く。幻聴かと思ったけど、ちがう。シャンシャンと澄んだ音が、西の山の尾根から下りてきて、俺たちのすぐ横を通り抜けた。俺はもう体がすくんでしまって、指一本動かせない。まばたきもせず、立ちすくんでいた。

(P136?137)

気温と湿度の上がる夏の山は、ほんとに危険でいっぱいだ。
だけど、木陰と朝夕は涼しい。斜面に生えた木のねもとに腰を下ろし、青い空と緑に覆われた神去村を眺める。ひぐらしの鳴く声にうながされ、オレンジ色に染まった薄い雲の下を歩いて帰る。そんなとき俺は、「ああ、きれいだなあ。楽しいなあ」と心の底から思うことができた。

(P149)

架空の球を追う

短編集だよーと聞いていたけど実際読んでみたら想像していたのより1話がずっとずっと短くてびっくりした。短編集ていうより掌編集。 表題作で1話目の架空の球を追うは7ページで終わるのである。

好きなのは「銀座か、あるいは新宿か」と「ハチの巣退治」「パパイアと五家宝」
ハチの巣退治は時々脳内でディラン&キャサリンで再生された。本家ビバリーヒルズのほうじゃなくてなだぎ武と友近のほう。銀座新宿のほうは「この人ら会うたびにこういうことをやりあってるんだろうなあ」とか思いながら読んでたらまさに。パパイアはラストのレジですごく笑った。

k.m.p.の 南の島ぐるぐる。

南の島を旅行してみた。行き先はバリ島の隣、ロンボク島。
ロンボク島はバリから飛行機で20分・船で4時間ぐらいのすぐ隣の島で、よく似てそうだけど植生が違ったり宗教が違ったりするところ。主にはロンボク。

チェンマイアパート日記は割と手書き文字とか手書き文字風フォントとかが多かったに比べて、こっちはゴシック系のフォントが多い。というか9割文字のページもたまにある。写真は小さめなのがいっぱいある。
愚痴のターン!とかは少ない。

お湯が出るシャワーがある宿がないとか、塩水のシャワーとか、そもそも水・電気を自由に使える宿がないとかそういうのが多かった。ホットシャワーの顛末は「その発想はなかった(゚д゚)」という感じだった。

海の写真が綺麗だわー。

アザーン(お祈りの呼びかけ/イスラム教)ってでてきて、最近この単語どっかで見た!と思って脳内を検索した。バベルの歌姫だった。そうかあれはこのへんからとってきてるのか……とかおもった。

少年少女飛行倶楽部

中学生+弱小部活動+青春=もえるよかんしかしない。
これは今中学生の人もかつて中学生だった人も読むといいと思います。

佐田海月(みづき/あだなはくーちゃん)は、幼馴染みの大森樹絵里(じゅえり)に誘われて樹絵里好きな人が兼部しているという「飛行クラブ」に入部することになる。この学校は部活は必修でなにかひとつに入らなくてはならないのだ。
元来の性格が災いし、なしくずしのままに入った海月が一番精力的に働くこととなるのだった。
ちなみに物語は海月一人称単視点である。

「ひこうクラブ」と聞けば大抵の人が「非行クラブ」と脳内で変換する飛行クラブの活動内容は飛ぶことだ。
「自分自身が」「何の力も借りず」「自由に飛行する」ピーターパン型の飛行がベスト。
しかし特別な能力も魔法のほうきも豊富な財布も持っていないので、普通の中学生ができる範囲でクラブ規定の飛行をさぐっていくところからはじめよう、というクラブだ。ちなみにペットボトルロケット・飛行機を飛ばす・飛行機に乗る・遊園地のアトラクション・バンジージャンプなどは規定外である。

ただその飛行クラブはまだ正式な部活ではなかった。部として認められるには部員5人と顧問が必要で、現在の部員は2人。部長は先生にも「一言で言えば変人」と言われる斉藤神(ジン)。そして副部長で樹絵里の好きな人である中村海星(かいせい)。とりあえず正式な部に昇格するため部員を集めた結果、仲居朋(るなるな)、餅田球児が入部する。

部員はとても珍名さんいらっしゃいである。
名前って、親からもらう最初のプレゼントであるけど箱の中に入ってるのは祝いあり呪いありだよね……
あとわたしは海月の母が好き過ぎる。

この「目からビーム」だって元をただせば母のウソ話なのである。小学校低学年の頃、テレビでドラゴンボールの再放送を見ていて、カメハメ波はホントに出せるかという話になった。すると母は真剣な面持ちで言ったのだ。
「うーん、カメハメ波はもともとの才能と大変な修行が必要だけど、目からビーム出すくらいなら、普通の人でも少し頑張ればできるんじゃないかな」と。

(P193)

爆笑した。おかあさんは名案を授けてくれるも、基本的にはボケの人(そして海月がツッコミの人)なのでとても面白い。

「くーちゃんはさ、<二人組>の怖さなんて知らないでしょ」

(P249)

もう見た瞬間にひやっとした。じゃ適当に二人組みになれー。
ふだんつるんでるのが3人とか5人とかだったらもう目も当てられない。

世の中で一番馬鹿な生き物は、中二男子なのだと聞いたことがある。銀魂で銀さんも言ってたし。
幸か不幸か私は中学に入るまで、中二男子と知り合いになる機会はなかった。だから、先の説(?)についても、そんなもんかなー、小学生男子だって充分馬鹿だよなーとか考えていた。
だけど確信した。やっぱり世界で一番馬鹿なのは中二男子だって。

(P110?P111)

パリ砂糖漬けの日々—ル・コルドン・ブルーで学んで

新聞社を辞めてパリに製菓留学した人のパリ滞在記。
パリでアパートを買ったりしているので最初はこのままずっとパリで暮らすのかと思ったら最終的には帰国して京都の町家暮らしをはじめる(らしい。賃貸契約を交わしたところでこの本は終わる

製菓留学といってもメインとなるのは日常生活なのでお菓子の写真が載っているとかレシピが載っているとかそういう方向ではない。筆者多田さんはル・コルドン・ブルーという創立110年の料理学校に入学した。

ダイヤモンドという意味の真ん丸いサブレ「ディヤマン」も習った。

(P100)

タラントゥカラットディアマンルゥゥゥジュ(゚д゚)!
レーヌ・ミシェルはピジョンブラッドのイメージが強いんだけど赤いダイヤなんだよなあ。赤色金剛石。
ピジョンブラッドの説明見てたらなおのことそう思う。

フランス人は思ってたより四角四面の上大ざっぱだった。紙命。

アインシュタインは早口で生徒全員に「あなたのフランス語の最終目標は」と聞き始めた。
 カスマンは「上司である医師の指示が理解できるようになること。今は私のフランス語が通じない」と答えた。「通じないのはあなたが弱気だからだろう」と教師が応じた。何気ない一言が緊張の糸を切ったのだろう。「ノン、私は内気なんかじゃない」と震える声が響いた。彼女は両手で口を覆い、涙ぐんだ。
 つられて私も涙ぐんだ。そう三十代。そこそこ経験だってある。でも言葉が足らない異国では半人前でしかない。通じないのは泣くほどせつないことなのだ。

(P83)

格闘する者に○

再読オブ三浦しをんのデビュー作。
可南子は出版社希望の絶賛就活生である。内定はまだ無い。そもそも就職戦線にもあまり出ない。
エントリーシート! とか 圧迫面接! とかそんな感じなので今大学4年生とかのひとにぜひとも渡してみたい1冊。面接必勝本みたいな方向ではないのでその辺は注意あれー。

可南子の一族は政治家の家系なのだった。入り婿の父、亡き母、義母、可南子と半分血が繋がった弟。
親族会議とか跡継ぎとかごたごたしてるけど、その辺の家族の話もとてもすきだー。

「藤崎」の家に住んでいる人間の中で「藤崎」の血を引いているのは、私一人だ。そして明らかにその私の存在こそが、この「家族」を家族たらしめない要因、異物だ。その事実を突き付けられたくないから、私はいつもの生活を崩されるのを嫌う。父がこの家に帰ってきて、家族の構成要因が揃ってしまうことを恐れるのだ。

(P91)

「きっとどこかにありますよ。可南子ちゃんも気に入り、相手も可南子ちゃんにぜひ来てほしいというところが。ちょうど今の可南子ちゃんとわしのように、相思相愛になる会社があるはずじゃ」
心のどこかで、そんな甘いものじゃない、西園寺さんみたいに私を気に入ってくれる会社なんて……という声がずっとしているのだが、あえて聞こえない振りをした。たとえ最悪の事態に直面しても、まだ事実から目をそらそうとしうるのが私だ。

(P197)

「だいたい会社、それがひいては『社会』なんだと思うけど、会社が求めるような能力が、そもそも私たちに備わっていないのよ」(略)
「覇気があって、うだつがあがってて、初対面の人とも明るく打ち解けて。そういうのを面接という限られた時間内でアピールできる、か」
「そうそう。そういうことができる人間を、社会人というのよ」

(P205)
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