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海と山に囲まれ温泉もある温暖な餅湯町は関東近郊から客が来るリゾート地だ。団体旅行が減って久しい今旅館・観光業を営む親たちはため息をつき、土産物屋を営む怜の家も似たようなものだ。
高校生の日常を書いた物語だ。高校生は日常が青春だと読んでいて思う。屋上でお弁当を食べたり修学旅行へ行ったり友達カップルがいちゃついているところを見、ある日は留年がかかった友達に勉強を教え、進路に悩み、家業を手伝う。
穏やかな日常にも時々事件が起こり、それも管理がとてもザルな餅湯博物館から縄文土器が盗まれるというものだ。
怜には母親がふたり父不在で、2つの家を行ったり来たりしている複雑そうな家庭環境があるものの、重くなりすぎず「平凡な日常」が続いている。

「普通の人生」を書いたら多分こうなるのだ。ドラマチックさはかけらもないが毎日同じ日が続くわけでもなく、大小なり事件があって、それでも日常が続いていく。

DV夫が離婚後も金の無心に来る。食費だろうが何だろうが、千鶴を殴ってでもありったけの金を持ち逃げする。夜逃げ同然で引っ越しても半月もしない間に弥一は千鶴の前に現れた。
夜勤のパン工場で働き、食べ放題のパンで食をつなぎ、それでも生活していくにはお金が必要だから千鶴はラジオの企画に夏休みの思い出を投稿し、それが採用された。母との最後の思い出は5万円と引き換えにコンテンツになった。
でもそれが千鶴の転機となる。小1の時にいなくなった母聖子を「ママ」と慕う恵真に連れられ「さざめきハイツ」で暮らすことになった。聖子は若年性認知症を患っており、さざめきハイツにはほかにも娘に捨てられた彩子が聖子の周りの家事をしていた。
さざめきハイツにはいろんな「母娘風の組み合わせ」がありながらも、「普通の母娘」の関係が築けなかった人間しか住んでいない。

ちょっとあまりにすごい本で吸引力が強すぎて明日仕事だけど読み終わるまで首根っこをつかまれてるみたいな本だった。強い。

どうしようもないほど嬉しかった。いまやっとはじまった私の新しい人生を、すべてが祝ってくれている。私はあの日、たくさんの人に祝福されて生まれた。千鶴がそうしてくれたのだ。
 あれ以上の、幸福はない。あれからどんなことがあっても、どれだけ辛くても、思い出すだけで何度だって救われる思い出になった。いままでも、そしてこれからも。私の生きてきた愛しい思い出たちの中で、いっとう輝くうつくしい星。

(P287)

視点を変えて短編形式で物語が進む。車内でチャラ男と呼ばれているあの男「三芳部長」周囲の人々のお仕事小説。
私が語りはじめた彼はと違うのは三芳部長はめっちゃ喋るし、なんならチャラ男視点の章もある。

彼らは「ジョルジュさん」と呼ばれる小規模な食品会社に勤めている。人員不足でフラストレーションをためている社員もいれば、「ここで長居をするつもりはないと思っているがなかなか見切りをつけられないでいる」社員もいる。雰囲気はよろしくない会社で、ドストレートな男尊女卑をぶつけてくるところもある。

問題を抱えて悩んだり、体調崩したところで絶対面倒なんかみないくせに。やめるならぎりぎりまで働けと思っているくせに。何を言うかチャラ男。
支配したいだけなんだろ。あなたがしたいことは、出世でも金儲けでもない。

(P113)

AさんはBさんのことをこういう風に言ってたけど、Cさん視点から見るBさん、というのはキモがひゅっと縮まるものがあったな。特に池田かな子さん←→伊藤雪菜さん。伊藤さん周りはしんどい。どこまでも現実の「仕事」を小説にした本だった。

死んでも推します!! ~人生二度目の公爵令嬢、今度は男装騎士になって最推し婚約者をお救いします~ (Kラノベブックス f) 単行本(ソフトカバー) ? 2021/6/2

「小説家になろう!」連載作品でオンラインでは完結済、書籍化の1冊目で全3巻予定。
【書籍化】死んでも推します!!〜人生二度目の公爵令嬢、今度は男装騎士になって最推し婚約者をお救いします〜

公爵令嬢セレーナは婚約者のフィニスのガチ勢だった。帝国最強の辺境の騎士団、黒狼騎士団団長のフィニスのことは肖像画でしか知らない。でも肖像画を見た瞬間天使に祝福されたような、圧倒的な「好き」の圧力の前にひれ伏した。
この感情は萌えであると、私の婚約者は圧倒的に推せる存在であると、肖像画から得られるささやかな情報から考察し、解釈し推しへの愛と推しを讃える語彙をはぐくんだ。

そして10歳だった初対面(※肖像画)から6年後、フィニスとセレーナは戴冠と婚姻のため「楽園」への移動中の夜、白い炎に包まれて命を落とした。そしてきがつけば前世の記憶を保ったまま二度目の人生が赤子からスタートしていた。
そしてセレーナは決めた。今度の生では貴婦人ではなくフィニスを守る騎士を目指す。願いはただひとつ「推しには健康で長生きしてほしい」

そうして黒狼騎士団の門をたたいた男装騎士セレーナ1 は入団試験としてフィニスとの一戦交え、同じくフィニスガチ勢のザクトと一戦交え(※料理対決)同担の友情をはぐくみ、1秒ごとに更新されるフィニスの新規映像に喜び悶え萌え気絶をしている。

基本的にコメディガン寄せである。最推しを前にして語彙力が死んでいるように見せて実はめっちゃ讃えているフィニスガチ勢(1巻では3人出てくる)は大体面白い。でもラブコメ一辺倒というわけでもなく辺境の騎士団は生還率が低く、ラブコメの気配に隠されがちだが死の気配もまた漂っている。

「そう。ザクトだけではなく、騎士団員はみな、わたしのためになら死んでもいいと思っている。わたしはそれを知っているし、いつか彼らを死地に追いやる」
(略)
「わたしの役割は、皆をうっとり死なせることだ。わたしは皆の旗印。わたしが正しく生きるのも、美しくあろうとするのも、強くあろうとするのも、何もかもが彼らの美しい死のためだ」

(P172)

挿絵がいい仕事をしていて……普通に一推しなのは髪を下ろしたフィニス様なんだけど、あんな子供が書いたぬりかべか豆腐みたいな体形でいい関節をしている四番様を推さないわけにもいかない。

剣術対決・料理対決・湯煙旅情編・接待ヤキュウの1巻です。3巻はガチガチのガチで戦争するので、ラブコメ展開からのガチ戦争のギャップに振り落とされる第3部を再体験したいのであと2冊刊行されますように。

  1. ただの鉄の剣を振り回せる筋肉質の体で暗器も仕込んでいる []

貴瑚(きこ、あだ名はキナコ)は東京から大分の漁師町にある亡祖母の家へ逃げるようにして引っ越してきた。役場の歓迎ムードとは裏腹に無職のキナコに田舎の閉鎖的な空気は厳しい。わけありそうな雰囲気、働かずとも金銭面に不自由していなさそう、憶測が憶測を呼んで「あいつは風俗嬢だ」と根も葉もない噂が流れて時折突っかかってくる住人がいた。

ある雨の日、かつて包丁が刺さったもう治ったはずの傷が強く痛みうずくまっているところを子供が通りかかった。なんとか足止めして家に連れ帰り、一緒にお風呂に入ろうと服を脱がすと肋骨の浮いた薄いからだと、明らかに虐待によってつけられた多くの傷が現れた。女の子だと思った子供は男の子で、口がきけなかった。

2021年本屋大賞受賞作。
去年の本屋大賞受賞作「流浪の月」とは多少似たところがある。本作の2人、キナコとのちに52と呼ばれる少年が抱えているものは傷だ。傷つけられ奪われ愛されなかった過去を背負っている。キナコが寂しくて狂いそうなときに聞「52ヘルツのクジラ」の鳴き声を52に聞かせると全身を振わせて泣いていた。52ヘルツの鳴き声は周波数が違うから同族のクジラには届かない。近くに群れがいたとしても気づかれない世界で最も孤独な周波数だ。
キナコの52ヘルツの鳴き声を受け止めてくれた人がかつていた。今はもういない人だ。

生きづらさ、虐待、ヤングケアラーと、物語は進むにつれ深度を下げていく。何とか生きてきたバックグラウンドがかなりしんどいものだ。軽さは微塵もないが、物語に引き込む力がすごい。著者略歴を読んだら「女のためのR-18文学賞」大賞でデビューとなっていて、そりゃあわたし好きだなと思った。宮木あや子、豊島ミホ、窪美澄、山内マリコと「決して明るい物語ではないのに物語の引力がすさまじい作品」を書く人がよく生まれてくる賞と思っている。良いものを読んだ。

凄いものを読んだ、というのがまず思う感想。
色んな種類の物語が読めるので読後感はアンソロジーに近い。
不妊に悩む女性とコンビニで出会った男子中学生の話「ネオンテトラ」
コメディに振った「魔王の帰還」
膝を打つしかないミステリ「ピクニック」
兄を殺された女性と受刑者男性の書簡体小説「花うた」
うらぶれた男性教師とLGBTの娘(心の性別は男)の話「愛を適量」
高校時代の後輩から「葬式に来てくれないか」と連絡がきた話「式日」

どれも読んでいくと「えっそうなるんだ?」という展開をする。安直に「泣ける話」「ほっこりする話」と言うのでもなく、かといって分かりやすい絶望の物語でもない。さじ加減が絶妙で共通点は家族という小さい単位での物語。
発売前からすごい勢いで推されていて、なんだ? なんだ?? そんな面白いのか??と思っていたけど高め期待値のハードルぽーーんと飛んで行った。
近作では「つないで」が好きなんです。講演で向かった先の広島で大雨特別警報が発令される災害にぶち当たったテレビ局所属報道畑の2人が「この非常用電源が落ちたら県下120万世帯のテレビへ映像を届けることができなくなる」緊迫した状況下で間髪いれぬやり取りをするところとか好きで、活動の幅が広がったら読めるジャンルの幅も増えるから見つかってくれてとてもうれしい。

中学校の図書室が主な舞台で、教室に居場所がない子とかが図書室に集まってくるという。
いじめを受けている子もいれば同じキャラを推していた友達が3次元の彼氏に目覚めて「そんなの気持ち悪い」と引かれたり読書感想文についてだったり。昔はそういえばこうだったなという感じで、野村美月の文学少女シリーズと小説の神様をすごい勢いで混ぜたみたいな連作短編だった。
まるで保健室登校みたいな図書室だった。

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