閲覧履歴からのおすすめnoteで表示されたのが面白くて、でもtwitterでは文字数が足りなかったので潔くnoteをしたためる。
ちなみにわたしはご友人Aさんポジションである。Aさんとは以下のスタンスだ。全力で同意するしそれなーーボタンを叩きまくるやつだ。
友人Aは、自ジャンルが他人から褒められた時、例に漏れず「ありがとう!」と言葉が出る気持ちがすごく分かるひとらしい。逆に、友人Bと自分は、その気持ちをどうも今まで感じたことがないタイプ。
友人Aいわく、「本当に対象が好きなので、心底感謝の気持ちからくる『ありがとう』」「好きな対象を多くのひとに知ってもらいたい、広まってほしいと思っていて、その第一歩が褒めてもらう、ということだから、『ありがとう』となる」のであって、「推しが褒められたことで、自分も認められた、みたいな自分への喜びは一切ない」とのことだった。
私の周りにはやはりこのタイプが多い(と感じる)ので類友というやつなのではないかな。このnoteは元noteの方がもしこれを見たら混乱するのではという前提で以下を書き記す。
褒められて「ありがとう!」と返すものと「○○はいいぞ!」と返すものがある
わたしは比較的2次元寄りで、漫画小説ゲームでオタク人生がはじまり20歳をすぎて同人音楽を経由してSound Horizonと出会い、うたプリと出会い、3次元方向にも活動の幅が広がったオタクだ。
プロフィールにも書いてある
好きなものは小説と音楽。今のメインジャンルはライト文芸/エンタメ寄り一般文芸/Sound Horizon・Linked Horizon/GRANRODEO/宮野真守/Aimer/うたプリ/S+h&Frep
のうち褒められると「ありがとうございます!」と返すのは
Sound Horizon・Linked
Horizon・うたプリ/S+h&Frep(以下スププレ)
「○○はいいぞ」と返すのが
ライト文芸/エンタメ寄り一般文芸/GRANRODEO/宮野真守/Aimerである。
深夜のテンションで飲酒しつつ書くnoteであるが推しについては本気である。ここでは「ありがとうございます!」と返すもののみについて書くが、それでも自分の感情がよくわからない。
基準は友達か?
単純に「うたプリすごいね」と言われるだけでは「うんそうね」というぐらいだと思う。どういう時に「ありがとうございます!」というかと言えば、「自担である四ノ宮那月」を「友達」に褒められた時だ。より具体的にはなっちゃんを同じくうたプリのオタクである(しかも那月担以外の)友達に褒められたときに言っている。この友達というのは長年の付き合いになるtwitterの相互フォローの友達だ。
ちなみに検索でひっかけた程度の見知らぬ他人が褒めてるのをみても全然ぴんと来ない。
スプフレの場合も同じく「自担である相川玲」を「友達」に褒められた時はありがとうのふぁぼをしがちである。いわゆるFF外、見知らぬ他人に自担を褒められている場面に出会うことは少ない。こっちはコンテンツの知名度がうたプリと比較すると圧倒的に劣るので、「ありがとう」サンプル数が少ないしそもそも検索自体をしていない。
「友達」に褒められるのがいいのか、それを真っ向から否定する材料がある。
ところがどっこい反証がある
Sound Horizon・Linked
Horizon主宰Revo氏は俺の神様である。
「好きなキャラ」を「友達」に褒められるとうれしいのか?という仮説に圧倒的に否! と吠えるのがここである。
わたしをよくご存じの方にはサンホラとリンホラを崇め奉っているのはよく見ているだろう。わたしはRevo氏については普段「うちの王様」「陛下」と呼んでいるので以下そのように記述させてもらうが、うちの王様が作った音楽を褒められると誰彼と構わずありがとうと思うし、それが近しい存在なら直接お礼を言う。
うちの王様は一部では非常に知名度がある。理由は進撃の巨人だ。うちの王様は「紅蓮の弓矢」で21世紀のアニソンとしてはトップクラスに売れまくった人だ。ゴールドディスクも取ったし配信ランキングも総なめしたし、紅蓮の弓矢は高校野球のアルプススタンドでもよくきかれる。それがきっかけで紅白に出たし、サウジアニメエキスポで歌唱した数少ない日本人だ。非オタ的にも名前は浸透しているようで進撃の巨人のOPが「Red Swan」だと発表された時、「え、リンホラじゃないんだ?」っていう声がtwitterのトレンドにあがるぐらいだった。
ちなみにタイアップはすべてLinked Horizon名義で行っているのだけど、そちら名義の最初の仕事が、ニンテンドー3DS用RPG「ブレイブリーデフォルト フライングフェアリー」のすべての音楽だ。当時BDFFについてtwitter検索すると「フィールドの音楽めっちゃいいね」とか音楽についてみたすべての音楽についてめっちゃ拝み倒していた。うちの王様が作った音楽がめちゃくちゃ褒められているという事実に拝んでいた。
そんな感じのことが
にもあらわれている。
なので元noteにある
そして、「好きな対象を、我が子のように思っている気がする。愛おしい、尊いものと思う」とも返ってきた。友人Aの別のオタク友達も、そういう感じの考えらしく、2人共感されてるようだった。
のこの辺もわかりみがすごいのだ。
「うちの王様」という呼称からお分かりいただけるとありがたいのだが、うちの王様は「わたしの神様」であると同時に「身内にも似た近しい存在」と思っているところがある。リンホラ名義のRevo氏は「ただの俺ら」「完全にこっち側」というべきオタクなのでまあ然りというところだ。愛おしい、尊い存在であることはいうまでもない。
わたしが好きな人を好きって言ってくれてありがとうという感じだ。
このあと5行ぐらい書いて消したが要するに「身内贔屓」ってことじゃないかという結論が来た。
とここまで書いたところで終わりとする。これを書き始めたのは0時前だったが今は1時が過ぎてしまった。明日は普通に仕事なのにめっちゃ夜更かししてしまった。でも絶対今日中にこれを書きたかったので満足して寝ます。
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