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まほろ駅前番外地

まほろ駅前多田便利軒の続編というかスピンオフとかそんな感じの。多田と行天も出てくるけど、今回は周りの人々にもスポットライトが当たっている……らしいのだがわたしがまほろを読んだのがすごく前のことなので、記憶がとてもあやふやである。
前巻ではこの人はどういう人だったかそれとも今巻からの新キャラなのかがまず分からないし、メイン枠の行天でさえも「あれ行天ってもっといかついやつじゃなかったっけ?」とか思う感じだった。
読んだ後はこう、「悪い男になっておんなのこをたぶらかしたい」とか言ってた。
行天もののけ姫を大音量で歌っているのに笑った。

好きな話は「由良公は運が悪い」「思い出の銀幕」「星良一の優雅な日常」
まほろは次が終わりって言ってたなあ。最後どうなるんだろうか。

まほろ市民が、まほろ駅前に赴くことを「まほろに行く」と表現するのはなぜなんだろう。自分が住んでいるのも当然まほろ市内なのに、変じゃないか。

(P68)

私のところもそうなのですごく親近感が湧いた。

出汁巻き卵を作り、アジのひらきを焼いた。みそ汁の具は……、なめこがあったな。あれと豆腐でいいか。昨日のうちにタイマーを仕掛けておいた炊飯器が、ちょうど出来上がりを告げた。よし、玄米もほどよく炊けたし、あとは夕飯の残りのほうれん草の白和えと、彩りがちょっと寂しいから、トマトでも切ろう。

(P56)

「男ってのは、一人でいるとおとなしいけれど、二人以上集まるとととたんに、一緒になって悪だくみをはじめるもんなんだから。私にとっていいことなんて、そんなにありゃしなかったよ」(略)
「女は一人で、悪いことを考えるもんさ」
麦茶で湿った唇を舐め、ばあちゃんはにんまり笑った。「二人以上になると、互いに牽制しあって、おしとやかなふりをする。裏では牙を剥きあいながらね」

(P124~P125)

誰かと暮らすということ

西武新宿線下草井で暮らす人々の話。
夫婦の話とかご近所さんから恋人になりかけの人の話とか。
レンタルビデオ屋夫婦とその周辺の話より友加子とセージの話が好きだ。

このまえ角田光代の結婚のニュースを見ていたので、一番最後の話「誰かと暮らすということ」を読んでなんともいえない気分になる。

シュガー アンド スパイス

風味絶佳な映画は関係なく「パティスリー・ルージュ」で働く3人のパティシエの物語です。
オーナーパティシエの柳原雅也・主人公でパティシエ見習い永井晴香・晴香の1ヶ月後輩で同じく見習いの近藤。パティスリー・ルージュのオーナーにしてスポンサーの坂崎紅子・マシュマロこと森英次。その辺りが主な登場人物です。
パティスリー・ルージュがちょっと変わりものの店で、住宅街とも繁華街とも判断のつかない微妙な街中で、路面店ではなく古いマンションの最上階にある。ちなみに看板らしい看板は出していない。客はインターホンを押しオートロックを解除してもらい上がる。そのケーキの味とその会員制カフェめいた隠れ家感がクチコミで人を呼ぶのだという。

ダイエット女子には少々拷問なのではないかと思うぐらいおいしそうなケーキの描写が続きます。
普段あまりケーキを食べないわたしでもちょっと誰かケーキ買ってきて! と思うぐらいの描写ぷりである。
フレジエは苺のショートケーキと似て非なるものらしい。初めて知った。

恋愛パートもあるにはありますが、メインはケーキです。
(晴香は)純情っていうことなの? みたいな台詞があるけどわたしは晴香は純情キャラだとは思えない。失恋したりバレンタインに呼ばれて魔が差したみたいに同僚にキスしたりその同僚にキスされたりかといってそこと進展するわけでもなく片想いの相手はまた別。晴香は紅子親子よりは劣るとはいえどちらかというなら奔放なほうだと思う。直の続編があるのならともかくこの1冊だけで判断するならば晴香はフラグ立て逃げもいいところだと思う。

調理台の上に置かれたガトー・ショコラは、真夜中の雰囲気を漂わせている。装飾らしい装飾もなく、シックな外観のお菓子だけれど、だからこそ、なおのこと、表面に飾った一摘みの金箔が効果的だ。(略)
小麦粉はほとんど使わず、ベーキングパウダーもいっさい入れず、チョコレートと卵、バターが主な材料なのだが、ちっとも重たくない。濃厚な味わいだけれど舌の上でとろりと軽やかに溶ける。上等なカカオの風味が贅沢で、洋酒の香もほのかにする。ゴージャスでデリケート。フランボワーズの酸味がたまらない。

(P114?P115)

にょにょっ記

変わらずシュールな笑いを提供してくれる謎日記です。ちょー笑った。

豆腐柄のハンカチくださいに対する返しで死にそうになった。間違えてないけど!
私の男とか海月書林とかファンタスティックフォーとかでてきて驚く。

その名は「ジュテーム投げ」。
互いに組み合った一瞬、耳元で「ジュテーム」と囁き、ひるんだ相手の耳にねろーんと舌を入れながら投げるのだ。
大人の恋愛に不慣れな日本人や韓国人の選手などはびっくりして簡単に投げられてしまうだろう。
筋肉や技や精神をどんなに鍛えても、この技を防げない。
いやむしろストイックに心身を鍛えれば鍛えるほど、やられたときの衝動は防げるだろう。

(フランス柔道 P60)

船に乗れ! (3)

完結巻。
明るいことばかりではないずっしりとした重みを持った青春と音楽の話。
サトルたちは3年生になって新生学園高校音楽科は変革の時期がやってきた。女子のみ受け入れになったりオケの編成が大きく変わったり「いい学校」になろうとする。
今巻は文化祭のシーンがすごくよかった……最初で最後の舞台とかせつねー。
饗宴になってるシーンを想像してスウィングガールズ的なものにいきあたる。
名作でした。今度は1巻から通しで読みたい。最近そういうのばっかりだな。

あの夜僕は、人間の力ではどうにもならないものに向かって泣いたのだと、今の僕は思う。そしてそれは、幸運とか不運とかいったことではなかった。運命とか宿命などというものとも、少し違っていた。

(P204)

世界クッキー

あちこちで発表したエッセイ。
新聞・各種文芸誌掲載分や書き下ろしもあるしニコンの雑誌とか「初出:不明」なんていうものもある。

そら頭はでかいです、世界がすこんと入りますに収録されていたみたいな「こ、これは本当にエッセイなのか……?」と思うような恐ろしい感じの話はない。

エレベーターの話とか親戚が増えたとか川上甥っ子並に笑った。しぬる。
あと西加奈子さんのエッセイの時もそうだったけど人の酔っ払い時の行動の話は何でこんなに面白いんだろうな。なかには芥川賞受賞時のものもあるので桜庭さんもちらっと登場する。1

評論や書評でおおまかな筋や背景は理解していても、実際その本を読む、という行為から導かれて降り立つ世界は、それが面白くても面白くなくても、まるで違うものです。あたりまえのことですが、時の洗礼を受けて継がれてきた古典や名作といわれる本も、自分が読んだことがなければいつまでも他人にとっての話であるだけで、それが名作であるかどうかなんて分かりません。

(P126)

できるだけ、今の自分から遠いところに手を伸ばすこと。もちろん近くも大事ですが、いつか近いところにしか手が届かなくなる日は確実にやってきますから、手足のぐんぐん伸びるうちはどんどん遠くを触ってください。

(P127)
  1. 桜庭さんも読書日記じゃないエッセイ出版しないのかな……とか思う。 []

おさがしの本は

晴れた日は図書館へいこうの大人版、もしくは大崎梢の書店周りのミステリを硬派にした感じの作品。

和久山隆彦は大学で司書資格をとって公務員試験に合格し、1年目から希望通りN市立図書館勤務となった。自分はなんたる幸運であることかと思ったことだが徐々に現実に打ちのめされることになる。
入職7年、調査相談課の一員としてレファレンスカウンター担当になって3年目になる。

しばしば自分が司書なのか、それとも一種の倉庫番なのか分からなくなってしまう感覚に襲われた。しょせん図書館など知の宝庫ではない。単なる無料貸本屋か、そうでなければコーヒーを出さない喫茶店にすぎないのだ。少なくとも市民の目にはそうなのだ。入職の六年とちょっとの月日は、要するに、そう諦めをつけるための月日だった。

(P21)

なんだかすみません(:D)| ̄|_ とお詫びしたい気分になる。

わたしが利用する図書館は「レファレンスカウンター」と名前がつくのは県立図書館まで行かないとないので1利用したことはありません。ていうか図書館の人に言うことって「返却です」「これ借ります」ぐらいしかないんだよな。あとはもう「書庫の本お願いします」と「予約の本取り消したいんですけど」とか。パターンがない。2

レファレンスカウンターだけに「本探し」がメインであるんだけど、図書館存続・廃止論も登場する。
3話の「図書館滅ぶべし」がすごかった。
「図書館はN市に本当に必要か」派の副館長から「今からいう条件に合う本を探せ」研修を調査相談課に課された。その本を探しあてる経緯・ようやく見つかったその本が出された時は「密室トリックが探偵によって鮮やかに解かれた」ようなすっきり感があった。色んな意味ですんげえええと思った。
「図書館の今後を考える」のが図書館内限定・館長権限でどうにかなるようなものならおそらく3話が最終話なんだろうけど、図書館存続・廃止論はこの後も続く。

「N市の条例の附則を知らんのか」
相手はいっそう表情を険しくして、凛々と言い放った。
「潟田直次にものを言われたら、和久山隆彦は決して逆らってはならない。そう明記されている」
「ほんとですか?」
隆彦が目を見ひらき、問いなおすと、
「なかったか、そんな附則」
潟田はがらりと顔をくずし、含み笑いをしながら、
「では作るべく議員への運動を開始しよう」
この一連のやりとりを隆彦はいくたびか頭の中で再生しなおし、ようやく条例うんぬんはからかいの文句だと気づいたが、反撃のすべを思いつかない。

(P264)

書物というのは、ただ人間を助けるだけの存在なのです。最終的な問題の解決はあくまでも人間自身がおこなわなければならない。

(P283)
  1. 多分貸し出しカウンターがすべてを兼ねている []
  2. あと馴染みすぎる図書館になると「こんにちは」が入る。 []

矢上教授の午後

多摩に存在するとある大学、広大なキャンパスの一角に位置する第1研究棟別の名をオンボロ棟。
夏休みのある日雷雨による停電と出入り口にうっかり看板をおいたことによりオンボロ棟は密室と化した。
外には出られない・落雷と基地局の故障か固定電話も携帯電話もネットも不通で外部への連絡は不可能。
そんな状況で死体が見つかる。

細かく章が区切られており視点変更が多い。視点変更のせいか緊迫感とかはあんまりなかった。
ゆるゆる読めた。おもしろかった。

「現代日本は、絶対人間が孤であることを許さない、とね。一人で静かにしていたくても、電話は鳴る、どこに行こうと携帯電話で追いかけてくる、いや、昨今はおのれの居所まで突き止められてしまうらしい。それがなんと。東京都下で名実ともに閉ざされた空間が出現し、殺人事件まで起き、その一員に加われた」
馳部は毒気を抜かれた思いで、熱弁をふるう老教授の顔を見ていた。

(P167)

マノロブラニクには早すぎる

asta*連載途中ちょっとだけ読んでた作品。

小島世里は翻訳文学の編集者志望で出版社に就職したのだが、配属になったのは女性向けファッション誌編集部だった。ちなみに「20代のキャリア志向がさほど高くない女性」向けの異性ウケを重視する雑誌である。これまで服や時計や靴は機能性重視で選んできて、学生時代はテニス部所属でジャージ率が高かったためさほど興味はない分野だったがこの編集部はそうはいかないのである。
女性編集者の成長を描く物語と思えばもうひとつの線が出てくる。

ある日見知らぬ中学生が世里の会社に訪ねてくる。自分は二之宮太一と言います、カメラマンの二之宮伸一の息子ですと名乗る。父息子ともに初めて聞く名前だが、「あなたは父のことを知っているはずだ」と敵意をもって詰め寄られる。話を聞けば世里は「父の浮気相手」認定され突撃されたのである。1
というのも太一の父は少し前に川に流され死亡した。事故死ということになったが父の死に疑問を持ち2浮気相手(だと思った)世里のところへやってきたのだ。そして世里は太一の手助けをすることになる。

しかし全体的には編集者としての日常に重点が置かれていた。企画が成功した、成功したから妬まれて嘘情報をつかまされた、企画にトラブルがあった解決した上よりよいものが出来たとかそちらのほうが楽しかった。
カメラマン死亡の謎関係は正直すごくどうでもよかったのだけど、いきなり事件の顛末・責任を感じての自殺未遂・動機の吐露など土曜ワイド劇場展開がはじまる。えー(゚д゚;)とおもう。

野心というのは、ドロドロとしたマグマのようなもので、そばにいる人に火傷を負わせるばかりと思っていたし、実際に火傷を負わされたのだが、仕事への強い愛情ゆえに生まれてくるそれは、大事なものでもあるんだなと詩織を見ていると感じるのだ。
そして自分に足りないのはその野心なのかもしれないと世里は思う。

(P241~P242)
  1. とても早計だった []
  2. 誰かに呼び出されたのでは。女と一緒にいたのではないか []

ころころろ

いつもの独立した短編かなと思ったら長編寄りの連作短編でした。
若だんなの子ども時代の話から始まる。
若だんな(当時12歳)と日限の親分と親分が連れてきた沙衣による、目の病に霊験あらたかな生目社の再建を廻る騒ぎとその顛末。初恋の話でもあった。
色々あって話は現代1に戻る。
朝起きると若だんなの目から光が失われていた。相変わらず病弱ではあるけど視力を失うほどの目の病ではない、かといってなにかに取り憑かれている様子でもない。仁吉と佐助は光を取り戻す方法を探す。

いつもより家鳴の出番が多い気がします。

「喰われるのは、嫌?」
余りに何気ない問いであったから、佐助もさらりと返す。
「そりゃ、生きていけなくなるからね」
「でも、喰いたいほどいとしく思う事が、あるかもしれないわ。喰われたいほどの思いにさえ、出会えるかもしれない」

(P163)
  1. しゃばけワールド内の []
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