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もいちどあなたにあいたいな

その日は澪湖(みおこ)が「やまとばちゃん」と呼び慕う叔母、和(やまと)の娘が亡くなった日だった。
澪湖は父・大介とともに徒歩1分のところに住む恭一・和夫妻の家へ行った。

やまとばちゃんは強い。いや強い人だと皆に思われてる。子どもの時から様々な不幸に見舞われてきた。
しかしまるで泣かないし立ち直るまでの期間がとても短かった。それが和最強伝説の裏づけとなっていったのだが、今度は不妊治療を続けてきた上でようやく生まれた愛娘の死だ。
父子は今度こそ和を支えねばと思ったのだ。

しかし澪湖は違和感に襲われる。このやまとばちゃんは私が知ってるやまとばちゃんなのか?
澪湖・大介(父)・陽湖(母)と視点が移り変わりつつ話は進んでいく。

途中なんとも言えない静かな恐ろしさがあった。和どころかお父さんさえも得体の知れない不気味さがあったのだ。お母さんもこわいこわい。「オタクの基礎教養」という木塚くんが癒しスポットだった。

作中では「盗まれた町だね」っていってたけどわたしは盗まれた町は未読なので月の裏側とタイムリープと薄めたおしまいの日がミックスされた。よいSFでホラーだった。

しかしなんだ、やまとばちゃんはいいが和とでるとなごみとしか読めない1し、澪湖はれいことしか読めない2

  1. 友人に和と書いてなごみと読む子がいるのだ []
  2. どうみても澪音の世界である。 []

神様のカルテ

信州にある一般診療から救急医療まで幅広く行う基幹病院「本庄病院」の内科医として勤務する(あと夏目漱石に傾倒する)栗原一止の忙しき日々の話。短編集で200ページ程度の薄めの本だけど3編収録されている。

医者として患者を看取ったり翻弄されたり徹夜続きの激務に追われる一方で、変人や半ば世捨て人のような人が住む築20年の幽霊屋敷のようなアパート御嶽荘で過ごす妻1や住人との日々。
個人的には医療方面より御嶽荘の生活をもっと読みたいなあと思いました。というのもわたしはこういうアパート同居モノがとても好きだからです。

そんなわけで一番好きなのは門出の桜。
それぞれ「ドクトル」「男爵殿」「学士殿」と呼び合っているのが好きだ。

ちなみに脳外科の教科書によると脳には痛覚神経はないらしい。だから仮に麻酔なしで脳みそをぐちゃぐちゃにスプーンでかきまわしても、人は痛みを感じない。もちろん実際試した人はいないし、試してから「痛いですか?」と聞いて返事ができたら、それは人間ではない。
いずれにしてもこの頭のど真ん中ががんがんする頭痛を感じるたびに、私には、凡人にはない特殊な痛覚神経が脳の中を走っているのだということを革新するのだ。

(P14)

思わずされ竜のアナピヤ周辺とひぐらしの皆殺し編か祭囃子編かのコミカライズを思い出す。

ところでわたしカスヤナガトと中村佑介の区別がつきません。
こっちは「あ、植物図鑑と似てる」と思ったので間違ってはないのですが。

御嶽荘は不思議な空間である。
まるで世の中に適合しきれなくなった人々が、さまよい歩いた先に見つけた駆け込み寺のような様相が確かにある。だが、寺と大きく違うことは、訪れた人々はけして世を儚んで出家などせぬということだ。彼らは再び世の中という大海原に向けて船を出す。難破を恐れて孤島に閉じこもる人ではない。生きにくい世の中に自分の居場所を見つけるために何度でも旅立つ人々だ。

(P93)
  1. 漱石かぶれの栗原は地の文では彼女のことを細君と呼ぶ []

29歳

8人の作家による「29歳女性」を主人公に置いたアンソロジー
最近30前女子がメインの小説を読むことが多いのでこれを読んでみた。
1人ぐらい満ち足りてる人がいてもよかったのではと思うぐらい仕事に悩んでる人と不倫してる人の話が多かった。仕事はともかく29歳なんでそんなに不倫するのか……

好きなのは宮木あや子「憧憬☆カトマンズ」と栗田有起「クーデター、やってみないか?」
あと書店員補正で山崎ナオコーラ「私の人生は56億7000万年」

リテイク・シックスティーン

星星峡で連載してたやつ。1冊にまとまるのを待ってた。
キリのいいところまで読もうと思っていたら気がついたら読み終わっていたという。
あれだな。豊島ミホの長編を読むのは久しぶりだな。

放課後の教室で孝子がいかにも秘密を打ち明けますといった感じで話し始めた。
「あたし2009年から来たの。本当は27歳で無職の引きこもりだった。今度こそ青春らしい青春を送るんだ」というはじまり。
といってもSFSFした展開はなく、あくまで未来から来たと言い張る痛々しい人の話ではなくガチの青春。
語り手は孝子ではなく沙織。見た目はお嬢だけど実際はそうではない。

舞台は97年の地方1で高校1年生。携帯はまだない。
調理実習・球技大会・席替え・「教科書忘れたから見せて」・部活・彼氏が出来てはじめての海・進路・スキー研修
要素を並べるだけでも王道だなということが分かると思います……

序盤の大海君が可愛い。

笑点の話の時も、即座「小峰さんは誰が好きですか!」とこっちに接近してきたし、バドミントンにいたっては、私に向かって羽根を打つたびに「愛のサンダースマッシュ!」とか変な技名を叫ぶ。

(P68)

男の子って馬鹿だ。

自分は27歳だったという女子高生の口から語られる「かつての自分」はわたしの心のやらかいところを締め付けるわけですよ。私もうすぐ29歳を読もうと思っているけど大丈夫か。

働いていないから、一年前と今日の違いがよくわからない。気力がなくて家事もあまりしない。どうしてこんなことになったのか、ひとりで部屋に篭って考えてばかりいる。(略)
「沙織には……や、若い子は皆、わかんないかもしんない。人生が止まっちゃうって感覚。大学出ても就職できなくて、どこにも行き場なくて、でもひとりでやりたいようなこともなくて……まさに手詰まりって感じ」

(P198?200)

わたしはてっきりもう休業しているもんだと思っていたのですが、これが休業前最後の小説2なんだそうです。どおりで豊島ミホ休業エントリへのアクセスが多いはずである。

papyrus (パピルス) 2010年 02月号 [雑誌]

papyrusに休業前最後の特集が組まれています。

きっと、今この瞬間だけの幸福の重さを、みんながわかっている。

(P382)
  1. 「鶴賀」っていう地名が出てくるのでもしかしたら長野県。 []
  2. 書いたのは、という意味。まだ週刊アスキーで連載していた「廃墟の女王」が単行本化されていない。ちなみに今年は文庫が出るそうだ。 []

イチゴミルク ビターデイズ

再読なんだけどなんかやたらと面白かったので書く。
「やたらと面白い」っていうか再読なので「あれこんなに面白かったっけ」っていうのが多分正しい。
書影見るたびに思うけどこれは帯までコミで装丁だねとおもう。帯はチョコレート色をしています。

壁井ユカコ作品の中では一番普通。面白さが普通っていうんじゃなくて書かれてる人々が普通。
現代が舞台で20代のOLが主人公で、特に異能力は持ってないしサムシング1も生えない。過去から電話もかかってこない。誰も死なない。誰も歪んでない。鞠子がエキセントリックではあるけどそんなに妙でもない。17歳と24歳のわたしの話がいったりきたりする。

以下はさくっとネタバレが含まれています。

  1. 鴨川ホルモー的表現 []

wonder wonderful 上wonder wonderful 下

去年辺りに周囲ではまっていくひとが多かったネット小説の書籍版です。異世界トリップものです。
ディーカルアという国があった。流行り病で王は逝去、王位継承権をめぐって兄派と弟派に分かれて一触即発・外部では隣国ザカリアが領土を奪ってやろうと虎視眈々と準備をしている。そんな中異世界からやってきた10代のひなた、すったもんだの結果戴冠式が執り行われる。

以上を前提にした戴冠式の少し後の世界、ひなたの姉ちゃんこかげ(28)を主人公にした物語です。
ひなたはディーカルアに行っている間のアリバイ作り1をこかげに頼んでいてこかげはある日ひなたが向こうで病気している夢を見て、いてもたってもいられずディーカルアにすっ飛んでいった。これでひなたが主人公じゃないのすげー! とおもいました。

上巻は勝手のよく分からない世界でこかげが傍観者として旅行者としてディーカルアの1庶民として暮らしたりする話で、下巻は積極的に世界に関わっていくこかげの話。下巻のほうが面白かった。
こかげの自問自答っぷりと落ちた瞬間と3割増にときめいた。
夢で見た病床のひなたのために未知の世界へすっ飛んでいく無謀さと膨れ上がる怒りを早々に鎮める程度の感情コントロールと自活能力と世界に慣れていく過程がわたしとしては前半の山だった。
下巻は花祭りのあれこれがすごく好きだ。6章のはじめぐらいまでが私の中ではクライマックスだった。

全体的にこかげの内面描写がかなり多くて、そこにわたしが感情移入する余地がないのでどちらかというと人の思考ルートを読んだりディーカルア見学カメラを特等席で見ている感じだった。

  1. お姉ちゃんのところに泊まっているということにしてくれ []

まほろ駅前番外地

まほろ駅前多田便利軒の続編というかスピンオフとかそんな感じの。多田と行天も出てくるけど、今回は周りの人々にもスポットライトが当たっている……らしいのだがわたしがまほろを読んだのがすごく前のことなので、記憶がとてもあやふやである。
前巻ではこの人はどういう人だったかそれとも今巻からの新キャラなのかがまず分からないし、メイン枠の行天でさえも「あれ行天ってもっといかついやつじゃなかったっけ?」とか思う感じだった。
読んだ後はこう、「悪い男になっておんなのこをたぶらかしたい」とか言ってた。
行天もののけ姫を大音量で歌っているのに笑った。

好きな話は「由良公は運が悪い」「思い出の銀幕」「星良一の優雅な日常」
まほろは次が終わりって言ってたなあ。最後どうなるんだろうか。

まほろ市民が、まほろ駅前に赴くことを「まほろに行く」と表現するのはなぜなんだろう。自分が住んでいるのも当然まほろ市内なのに、変じゃないか。

(P68)

私のところもそうなのですごく親近感が湧いた。

出汁巻き卵を作り、アジのひらきを焼いた。みそ汁の具は……、なめこがあったな。あれと豆腐でいいか。昨日のうちにタイマーを仕掛けておいた炊飯器が、ちょうど出来上がりを告げた。よし、玄米もほどよく炊けたし、あとは夕飯の残りのほうれん草の白和えと、彩りがちょっと寂しいから、トマトでも切ろう。

(P56)

「男ってのは、一人でいるとおとなしいけれど、二人以上集まるとととたんに、一緒になって悪だくみをはじめるもんなんだから。私にとっていいことなんて、そんなにありゃしなかったよ」(略)
「女は一人で、悪いことを考えるもんさ」
麦茶で湿った唇を舐め、ばあちゃんはにんまり笑った。「二人以上になると、互いに牽制しあって、おしとやかなふりをする。裏では牙を剥きあいながらね」

(P124~P125)

誰かと暮らすということ

西武新宿線下草井で暮らす人々の話。
夫婦の話とかご近所さんから恋人になりかけの人の話とか。
レンタルビデオ屋夫婦とその周辺の話より友加子とセージの話が好きだ。

このまえ角田光代の結婚のニュースを見ていたので、一番最後の話「誰かと暮らすということ」を読んでなんともいえない気分になる。

シュガー アンド スパイス

風味絶佳な映画は関係なく「パティスリー・ルージュ」で働く3人のパティシエの物語です。
オーナーパティシエの柳原雅也・主人公でパティシエ見習い永井晴香・晴香の1ヶ月後輩で同じく見習いの近藤。パティスリー・ルージュのオーナーにしてスポンサーの坂崎紅子・マシュマロこと森英次。その辺りが主な登場人物です。
パティスリー・ルージュがちょっと変わりものの店で、住宅街とも繁華街とも判断のつかない微妙な街中で、路面店ではなく古いマンションの最上階にある。ちなみに看板らしい看板は出していない。客はインターホンを押しオートロックを解除してもらい上がる。そのケーキの味とその会員制カフェめいた隠れ家感がクチコミで人を呼ぶのだという。

ダイエット女子には少々拷問なのではないかと思うぐらいおいしそうなケーキの描写が続きます。
普段あまりケーキを食べないわたしでもちょっと誰かケーキ買ってきて! と思うぐらいの描写ぷりである。
フレジエは苺のショートケーキと似て非なるものらしい。初めて知った。

恋愛パートもあるにはありますが、メインはケーキです。
(晴香は)純情っていうことなの? みたいな台詞があるけどわたしは晴香は純情キャラだとは思えない。失恋したりバレンタインに呼ばれて魔が差したみたいに同僚にキスしたりその同僚にキスされたりかといってそこと進展するわけでもなく片想いの相手はまた別。晴香は紅子親子よりは劣るとはいえどちらかというなら奔放なほうだと思う。直の続編があるのならともかくこの1冊だけで判断するならば晴香はフラグ立て逃げもいいところだと思う。

調理台の上に置かれたガトー・ショコラは、真夜中の雰囲気を漂わせている。装飾らしい装飾もなく、シックな外観のお菓子だけれど、だからこそ、なおのこと、表面に飾った一摘みの金箔が効果的だ。(略)
小麦粉はほとんど使わず、ベーキングパウダーもいっさい入れず、チョコレートと卵、バターが主な材料なのだが、ちっとも重たくない。濃厚な味わいだけれど舌の上でとろりと軽やかに溶ける。上等なカカオの風味が贅沢で、洋酒の香もほのかにする。ゴージャスでデリケート。フランボワーズの酸味がたまらない。

(P114?P115)

船に乗れ! (3)

完結巻。
明るいことばかりではないずっしりとした重みを持った青春と音楽の話。
サトルたちは3年生になって新生学園高校音楽科は変革の時期がやってきた。女子のみ受け入れになったりオケの編成が大きく変わったり「いい学校」になろうとする。
今巻は文化祭のシーンがすごくよかった……最初で最後の舞台とかせつねー。
饗宴になってるシーンを想像してスウィングガールズ的なものにいきあたる。
名作でした。今度は1巻から通しで読みたい。最近そういうのばっかりだな。

あの夜僕は、人間の力ではどうにもならないものに向かって泣いたのだと、今の僕は思う。そしてそれは、幸運とか不運とかいったことではなかった。運命とか宿命などというものとも、少し違っていた。

(P204)
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