このnote見てて懐かしいなー同世代かなーと思ったけどボカロっていう単語が出てきてあっ大分下やなと思いました。

このnoteを読んでいろいろ思い出したのでわたしも思い出話をしよう。

わたしが同人誌と出会ったのはたぶん中学校1年の時だ。小学6年生の3学期というこの世でもトップクラスで微妙な時期に転校してきた子と仲良くなったときのことだ。なんというか小学生らしい嫌がらせで、家に遊びに行ったときに幽遊白書の桑原と誰かのキスシーンを見せつけるという嫌がらせを再々受けたことを覚えているな……。

ちなみにわたしは今も昔も、自認識的にはBLは読めるけど腐女子ではないです。豆腐だけど納豆ではない、みたいな感じ。
わたしが「うすっぺらいのにコミックスより死ぬほど高い本」を惜しげもなく本屋で買うところに付き合い、そんなことになった覚えがありますね。

はじめて同人誌即売会に行ったのは高校になってから。
高校の友達がそういう方向に、少なくとも私よりは詳しかった。十二国記のアンソロジー海客宣言をたびたび読ませてもらい、ベッドの頭元の引き出しに置かれていた大量の同人誌(だいたい雁と慶、時々戴だった)も読ませてもらい、活字倶楽部という私の人生に多大な影響を及ぼした雑誌の導き手だった。

地方のイベントらしく、100スペースもなかったんじゃないかな。友達が出していたサークルも同人便箋がメインだった。わたしも寄稿(というか描いた絵。当時は絵も描いていた。ほぼ模写みたいなものだが)していたがどれだけ出たかは聞いてない。
鮮明に覚えているのはこの時、なかよしの連載作家と机越しに出会っているということだ。でもペンネームは覚えていない。巻頭カラーの後に10ページ程度の連載漫画枠をもっていらした方だ。思えばこれが「漫画は自分と同じ人間が描いている」と知った案件ではなかろうか。

この頃のイベントというのを語ることはできないが、時代背景はパソコンというものが一般家庭にそもそも普及していなかった。プリントゴッコを持っている者は同人封筒も作れたし覇者だった。ばりばり定額小為替と返信用切手貼付済封筒同封の上でお問い合わせくださいで乱筆乱文失礼しますの時代だ。
インターネットもまだ普及しておらず(インターネットそのものはあったが、多分IEのバージョンが2ぐらい。)、親御さんが詳しい方の場合はニフティサーブの会議室を触ったことがある子ども世代ぐらいではなかろうか。

同人誌関連については非常に貧弱な環境で育った。
10代半ばにはアニメがテレビ東京系一択でそもそも供給がなかった。
とらのあなのようなお店は現在に至るまで存在しない。
同人誌即売会については企業主催のものはわたしが10代のころには撤退して久しい。当然オンリーイベントなど蜃気楼のようなものだ。数年前に東方オンリーがあったと聞くが、ここ20年程度では女性向けオンリーイベントがあったという話は聞こえてこない。
でもオタクごとについては理解のある土地柄だ。なんせ街中にはFate/stay night ヘヴンズフィールと鬼滅の刃のラッピングバスが走っており、こういう取り組みが始まってもう数年が経っている。

先日完結した同人女の感情については分かるものも身近ではないものもあった。わたしが机の向こう側に人間として存在しないからだ。

でも二次創作は楽しい。わたしは自分がそこそこ満ち足りておらず、インプットが足りており、推しの供給がされている時にではないと書けないらしい。それでもなにかは書いていきたいと思っている。