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嶺二で『それ以上は許さない』

カミュと連絡が取れなくなった。神出鬼没なのは今に始まったことではないがこれほど音沙汰なしもあまり例のないことだ。
「あの貴族様、国に帰ったんじゃねえか?」
「ドーナツ山盛りにしといたらそのうち出てくるんじゃない?」
「ランランもアイアイもひどい! それ以上はれいちゃん許さないよ!」

レンで『好きなのにね』

おチビちゃん聞いてよイッチーが写真を撮らせてくれないよ」
レンは鏡に向かう翔の背中に向かって話しかける。
「また変なところで撮ろうとしたんじゃねえの? そういうのは大体お前が悪い」
「つれないなあ。オレはおチビちゃんもイッチーのことも好きなのにね」
「気持ちの悪い話はやめてください」


嶺二で『こんなにも愛されている』

美味しいごはんと家族と電気のついたおうちは「こんなにもぼくのことを愛してくれる人がいる」と分かってしみじみありがたいと一緒に酒を飲んだときに呟いていた。携帯電話を見ながら悲しそうにしていたあの男は幸せを掴んで夜の街から消えてしまった。もう代わりのもので間に合わせる必要はないのだ。

那月で『ちょっと黙って』

「あの、あいちゃん」
「ナツキは黙ってて。ボクはレイジに聞いてるんだよ。犬なんか拾ってどうするつもり? ボクたちがここにいるのは春までだしそれ以降は誰が世話をするの? そのあたりが明確にならないなら楽屋にも入れないよ」
「この子の目を見てよアイアイ! 捨てないでって言ってるよ」

トキヤで『夢だったらよかったのに』

夢だと言われるならどんなによかったことかとトキヤは苦虫を噛み潰したような表情で手に持った週刊誌を机に叩きつけた。表紙に大きく踊る「一十木音也、年下モデルと深夜密会泥沼三角関係の一部始終」という文字は何よりもトキヤを苛立たせた。あの男は本当に何度繰り返しても懲りることを知らない。

小料理屋聖川  「『若いときには無茶をしとけ』

若い時には苦労は買ってでもしろというがな、お前のそれはもう苦労でも無理でもなく無謀だ。体を壊してはどうにもならないのだ。もうちょっと自分をいたわってやれ。温かいものを食べるとほっとするから味噌汁でも用意しよう。できるまでこれを食べていろ。たけのこの刺身だ。わさび醤油はそこにある。

トキヤと那月と万年筆

 劇団シャイニングの3舞台が終了してもうすぐ2ヶ月が経とうとしている。それに付随していたtwitter企画もいったん終了となって何かあればアプリを起動させていた癖もようやく抜けたがtwitterが連れてきた縁というのもあった。
 万年筆だ。
 松ヤニ入りキャンディとは違って値が張るものにも関わらずトキヤのファンはこぞって購入し、いまだに品薄状態が続いているのだという。シャニスタではついに小さなインタビューコーナーが用意された。今日はそれの取材だが少し早くついてしまった。何をしていようか考えてトキヤは手帳を開いて万年筆のキャップを取った。
 そもそも幼き日に父の書斎で見た憧れが手元にやってきたのだから浮かれていたのだとは思う。父の万年筆の事を思い出したのは随分前に真斗と食事をともにして、招待状は万年筆で書くと書をしたためる時ほどではないにしろ気が引き締まると聞いたからだ。
 そして先ほどまで別フロアにある事務所で万年筆が欲しいんですという那月の相談を受けていた。
「どういうところに行けば売っているのか分からなくて、近くの文房具屋さんに行ったんですけど取り扱いありませんって言われちゃったので」
「四ノ宮さんはいつもあのヒヨコのペンを使っていたと思うんですが、何かコラボ万年筆でも発売されたんですか?」
「え? ピヨちゃん万年筆とかちょうちょう可愛いと思うのであったら絶対買いますけど、僕が欲しいのは翔ちゃんへのプレゼント用です」
 あと1ヶ月強で同期の中で唯一未成年だった翔も成人する。トキヤは同期のうちでも幼いころからこの世界で生きていて両親の庇護下にいた期間は短く、大人同様に扱われはじめた時期は早いがそれでも「節目」というのは感じた。翔の場合はそもそもここまでの道のりが用意されていなかった可能性が大きかったのだからなおさらだろう。
「毎年お揃いのものをプレゼントしているので、今年は何にしようかな、翔ちゃん20歳だからうんと特別なものがいいなって思ってたらトキヤくんの万年筆のことを思い出したんです。あんまり高いものは翔ちゃん受け取ってくれないかもしれないしよく分からないから、トキヤくんに教えてもらいたいです」
「書き味やデザインも大事ですけど翔が持つならとびきりお洒落なものが喜ばれるでしょうね。とりあえずネットで調べてからにしましょうか」
 事務所の空きパソコンであれこれと説明をしながらイメージと予算を聞いていく。30分程度で何本かに絞れたからあとは売り場へ行くだけだ。ここで買ってもよかったが実際に書いてみたほうがいいし案内すると主張したのはトキヤのほうで、那月は顔を綻ばせて喜んだ。
 「トキヤくんがいてくれて助かりました」
 と次の約束をして那月は次の仕事へ旅立っていった。
 成人といえばトキヤの元同室者でたびたびひとまとめにされる音也も翔と同い年で、先日成人を迎えたばかりだった。嶺二ともスケジュールをあわせてトキヤの部屋でささやかな誕生日パーティを開いた。嶺二はサングラスをプレゼントしていたがトキヤは音也たっての希望で「俺の好きなものフルコース」として料理を振舞った。しかし那月の献身振りを見ているとなにかサプライズを用意すればよかっただろうかと思ってしまう。
「もう終わってしまったことですが」
 口にすると自分が悪いことをしたような気になる。トキヤは目を閉じて大きく息を吐いた。まだいくらでも機会はある、とトキヤは万年筆を置いた。

トキヤで『長く一緒にいた影響』

「かつてはルームメイトでしたしその頃からの名残でユニットや仕事などでは一緒に行動することは多かったと思いますが、私は私です。影響など受けていません」
「てトキヤはいつも言うんだけどあなたとは永遠にライバルとして競い合いたいものですって言ってくれたのが俺のデビュー当時一番の思い出!」

那月へのお題は『きっと幸せだったんでしょう』

「でもね、1個だけ分かることはあります」
紅茶をカップに注いで翔に差し出しながら表情を綻ばせた。
「那月……あ、作中の僕だけど、絶対幸せだったと思うんです。好きな人といっぱい色んなところに行って思い出を作って……。トキヤくんはどう演じるのかな。色んなこといっぱいお話したいです」

砂月で『ありふれた日常の中の幸せ』

日常も未来への時間も幸せも俺ではなく那月に等しく捧げられるべきなのに朝は俺の元にやってきた。昨日の喧騒の気配はまだ室内に残っている。飛び出た紙テープ、プレートの下に並べられた3人の名前。お前も世界を知るべきだと言ったチビはまだ夢の中にいる。朝の光の暖かさなど知りたくなかった。

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