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Category: SS

日本戦は6月15日AM10時キックオフです。

 今日は音也とシャニスタの撮影だ。入り時間は午前の早い時間だったが、特に変わりなくトキヤはいつも通りの少し早めの時間で楽屋に到着した。ドアを開けると音也が既にメイクも済ませた状態でスタンバイしていた。トキヤは思わず腕時計とスマートフォンの両方で時計を確認した。間違いなく時計は合っている。
「あ、トキヤおはよー」
 最近買い換えたスマートフォンから顔を上げて音也は伸びをした。また画面に熱中していたのだろうか。音也はワールドカップが近づいてきた頃画面の大きなスマートフォンに買い換えた。ST☆RISHが揃う仕事などでは翔と2人でひとつのスマートフォンを持って体を寄せ合ってサッカー関連の動画をみているところをよく見る。
「どうしたんですか。まだ入りの時間にもなっていませんよ。いつもぎりぎりの音也にしては珍しい」
鞄をおいて撮影に向けて用意をしていると音也の鞄から青いユニフォームから飛び出した。
「じゃーーん」
「ああ、そういえば日本は今日でしたね」
「日本は今日でしたね、じゃないよトキヤ!! 何そのテンションの低さ! ワールドカップなんだよ4年に1度しかないんだよ」
「……あなたオリンピックもろくに見てなかったじゃないですか」
 いちいちトキヤの口まねまでするところがまた憎らしい。トキヤは思わず不機嫌そうな声色が口にでてしまった。
「見ていたのと言えば翔が見たいからって言ってたフィギュアを一緒に見ていたぐらいでしょう? そんな人が4年に1回の希少性を説いても説得力がありませんね」
「過ぎたことより未来を見ないとだめだよ。それでさあ、この撮影巻いて終わったら俺後半丸まるか前半の終わりぐらいから見られると思うんだよね。だからトキヤも早く準備してきてよ。今日はみんなで巻いていこうよ」
「……別に巻き進行に異論はありませんが、前半終わりからってどこでワールドカップ見るつもりなんですか。タクシーで移動するにしても音也の自宅はここからだと結構離れているのでは?」
降って沸いた疑問をそのまま音也にぶつけると1枚のチケットを見せた。
「渋谷のスポーツバー、今回は行列できるだろうから入場も整理券対応するって言ってたんだけど店長がいい人でさ、いっちゃんにならくれてやるぜってくれたんだよ~もう1枚あるからトキヤもいっしょに」
「あなた馬鹿ですか何度言ったらわかるんですか学習能力ないんですか」
音也が喋っているのを遮って思わず語気を荒くしてしまったが音也はどこ吹く風か意に介していない。
「大丈夫だよ俺変装していくし何回も行ったことあるけど意外とバレないんだよ? 皆サッカー見て応援するのに必死だしね。せっかくだから誰かと試合をみる喜びを分かち合いたいんだよー」
「あんな人ゴミの中に行ってバレないとでも思ってるんですか。ただでさえ試合終わりの興奮している人たちばかりの中で混乱を呼ぶのはやめなさい」
「そこまでいうんだったらトキヤんちで見せてくれる? トキヤんち近いしこの後時間あるでしょ?」
「私はサッカーのルールなんて詳しくないんですし……翔のほうがいいんじゃないですか?」
「それ行っていいってことだよね!? やった!」
 音也は立ち上がって両手を振り上げると快哉を叫んだ。
「トキヤ俺が遊ぼっていってもなかなかうんっていってくれないし珍しい! あ、翔はまた今度約束してるからいいよ。それにルールわからなくても大丈夫だよ俺が解説するし! 楽しみにしてていいよ!」
「私は場所を提供するだけですよ。別に解説なんていりません」
 早く行っておいでよと追い出されるようにしてトキヤは楽屋を出た。背中越しにワールドカップのテーマソングを歌い始める音也の声を聞いた。

那月と翔と万年筆

 誕生日がやってきた。
 0時ともに翔のスマートフォンは次々にメールを受信している。さっきまで薫と電話していたがその間もメールの着信を知らせる振動が多かった。薫は今電話しても大丈夫かという伺いのLINEが届いて大丈夫だと返事をするとものの5秒もしないうちにかかってきた。今年は大学が多忙で一緒に誕生日パーティができないからせめて1番にお祝いがしたいと言っていた。いつもなら那月を交えて3人で祝うが今年は久しぶりに那月と2人でパーティだ。カレンダーの6/9のところには大きく赤い丸がついてその下には「なつき 20時」という文字がピヨちゃんとともに躍っている。以前那月が来たときに自分で書いていった。
 翔はカレンダーを見ながら昔を思い出す。10年ぐらい前の、成人することは難しいかもしれないと聞かされていた自分はどれだけこの日を迎えられると信じていただろうか。いくら見ても今日は6月9日で20歳になってしまった。成人だ。
「もうちょっと嬉しいもんだと思ってたけど実感沸かねえもんだなあ……」
 いろんな人が誕生日を祝ってくれて嬉しい。でもそれはいわば毎年のことだ。今年はなんか劇的な変化があるのではないかと思っていたがどこにもそんな要素はなかった。とりあえず明日も仕事だ。今日よりはゆっくりめに出られるから助かる。届いたメールに返信をしてベッドに入った。

 今日のパーティの店は翔が選んだ。那月は普段から「いい匂いがしたから」とか「軒先にいた猫が可愛かった」とかで店を選ぶことが多くて、しかもその立ち寄る店のほとんどはスイーツ系ばかりだ。元々ジャンクフードが嫌いということもあるがふつうにごはんが食べられる所となると那月の手札は少ない。そこで店のセレクトは翔が担当することになった。「翔ちゃんが選んだ店ならたぶん美味しいと思う!」と全幅の信頼を寄せられ、そこまで期待されれば応えなくてはいけないと念入りにリサーチしたが結局よく行く半個室の洋食屋になった。誕生日プランはホールケーキを用意してくれるとのことでこれなら那月も喜ぶはずだ。翔は先に店にやってきて、 スマートフォンを触りながらぼんやりしていたら席を区切るロールカーテンがあげられ待ち人が到着した。
「翔ちゃんお待たせしました!」
「おお、お疲れー。撮影どうだった?」
「スムーズに進みましたよぉ。久しぶりだったからはじまるまではちょっと緊張したけどカメラマンの方はいつもの方だったのでリラックスして臨めました。公開していい時期になったら翔ちゃんには一番に見せるね。翔ちゃんは」
「俺はいつものラジオ番組の収録だけ。収録終わりでケーキが出てきてさ。聖川がわざわざ作って持ってきたんだってよ」
「ええ~僕も真斗くんのケーキ食べたかったです」
「すんげえ美味かったぞ。スタッフの皆で全部食べた。俺が一番苺が乗ってるところ切り分けてくれてさ。聖川のやつケーキまで作り始めて将来は店でも開くつもりか? って言われててさ」
 那月との話は大体いつも最近の仕事の話から始まる。だからお互いの仕事と今後についてはやたらとよく知っている状態になるがこれが音也に言わせると「那月と翔はいつでも仲がいいね」ということになるらしい。
 コース料理は進んで行きケーキまでたどりついたところでプレゼント交換となった。今年はいつもよりもいいものを選んだという自負があるのかリボン付の袋を手に那月は目を輝かせている。
「翔ちゃん、誕生日おめでとうございます!」
「誕生日おめでとう、那月」
 お互いの祝いの言葉とともにプレゼントが渡される。那月からのプレゼントは袋の割に思ったより軽い。中に入っている箱もスマートフォンより少し大きい程度だ。那月は時々手元を見ながら翔の動向を伺っている。餌を目の前にした犬のようで翔は思わず噴き出した。
「開けていいぞ」
 許可されて那月は包装紙を破らずテープのひとつひとつをそっと取った。包装紙はもっとびりびりに破いたっていいのにと言ったことがあったがそのときの那月は「この包装紙だって翔ちゃんからもらったものだから綺麗に置いておきたいんです」と言っていた。実際歴代の包装紙も那月の部屋で丁寧に保管されている。大きめの包装紙の中から出てきたのは那月が大好きな黄色いひよこだ。
「わぁ! この前出たピヨちゃんだ! 嬉しいな、まだお店に見にいけてなかったんですよ。思ってたよりしっかりしててお膝の上でぎゅうってするのにちょうどいいサイズですねえ翔ちゃんありがとう」
 新しいピヨちゃんぬいぐるみが出るというのは随分前に那月から聞かされていた。写真も幾度となく見せられていたが、スケジュール的には誕生日より前に那月が買いに行くことは出来ないだろうと分かっていたから今年のプレゼントは随分前に決まっていた。ぎゅうぎゅうと抱きしめながら笑顔でお礼を言われるとこちらまで心が暖かくなる。
「おう、じゃ今度は俺があけるぞ」
「今年は何にしようかなって悩んだんですけど、トキヤくんにも協力してもらいました」
「へぇ、いつも自分で決めてるのにトキヤって珍し……うお、すっげえ……」
 リボンを解いて箱を開けると中には柔らかそうな布が敷かれておりその上に筆記用具が置かれている。深い緑色をしている。ふつうのボールペンのようなものをかと思えば中が多少透けて見えるところから察するとこれはペンではなく万年筆だ。
「俺万年筆とかそういや持ったことねえな。トキヤのやつが使ってるところはよく見たよ」
 よく見ると軸の部分にはSHO KURUSUと書かれている。翔は万年筆を持つのは初めてだが、実際に持ってみると大きさと重さが手にしっくりとなじむことがわかった。ペン先を眺めたりくるりと手の中で回してみたりして思わずため息をついた。
「すっげえ……大人って感じするわ……。那月サンキューな。お前ってプレゼントのセンスは毎年すっげえいいよな」
「喜んでくれてよかった。20歳だからうんと特別なものがよくって、翔ちゃんはかわいくてかっこよくておしゃれさんだからそういうのがいいなって思って、何本かはトキヤくんに選んでもらってあとは僕が決めました。この子はパリの森の奥で職人さんが1本1本手作りしたんだって。子どもの頃を思い出したらこの子にしよう!って思ったんです」
 那月は腕の中のぬいぐるみを脇において翔の目をまっすぐに見つめて、とろけるような笑顔を浮かべた。
「20歳の誕生日おめでとう。生まれてくれて、僕と出会ってくれてありがとう翔ちゃん」
 今とても幸せだとばかりに目がきらきら光っている。好意を全身で伝えてくる那月を直視するには照れが勝って目を逸らす。
「なんだよ大げさなやつだな」
「大げさなんかじゃないですよぉ。生まれて来た時は元気じゃなかったかもしれないけど今の翔ちゃんは元気いっぱいで誰よりもキラキラしたアイドルさんで、僕の親友ですから。翔ちゃんと仲良くなれてよかったなあって僕は事あるたびに思ってますよぉ」
 翔は目の奥がじんわりと熱くなっていることが分かった。それでも顔を隠すための帽子は脱いで椅子の縁にかかっているし感情のままに流してしまうのもプライドが赦さず変に天井を見たまま話し始める。
「……俺さ、20歳になったらもっと嬉しいもんだと思ってたけどそんなこともなくって、変わんねえんだなって思ったけど、そうやって喜んでくれるやつがいてようやく実感わいたわ」
「翔ちゃんは自分が思ってるよりずっとずっと周りの人に愛されてるから明日もいっぱいおめでとうって言われるよ。今日もいっぱいメール来たでしょ?」
「おい那月、その辺で勘弁しろ俺もうすげえ泣きそうだから」
「ケーキが美味しくて泣いちゃったって言えばいいんですよ」
「その言い訳だれが信じるんだよ」
 翔が食べたそのショートケーキは甘かったはずなのに少し塩辛かった。


前日譚トキヤと那月と万年筆

小料理屋聖川

 駅前から少し奥に入ったところにその店はあった。ここが料理屋だという主張は控えめなもので気付かなければそのまま素通りしてしまうかもしれない程度だった。夜になるとその提灯には自動で明かりが灯る。提灯には達筆な筆文字で「聖川」と書かれている。夕方からほんの数時間だけ開店する小料理屋だ。
 暖簾をくぐり障子のような木枠の引き戸を開けるとこじんまりとした店内が見渡せる。カウンター席と奥には座敷があるのだろうか。脱ぎ捨てられた靴と赤い座布団が見える。カウンターの内側には常連客のものと思しき札付きの一升瓶やボトルが並べられている。
「いらっしゃいませ」
 凛とした声が聞こえた。
 芸能界から退いても年老いても張りのある良い声だとトキヤは思った。かつては同じ学園に通い同じ時期にデビューをした同期だったが真斗は家業の都合である時期から少しずつ仕事を減らしていき最後に主演舞台とコンサートを行って芸能界を引退した。数十年前のことだ。去年真斗から一通の手紙が届いた。
「ご招待いただいていたのに伺うのが遅くなってすみません」
「来てくれるだけで十分嬉しいぞ。まあ座れ、いや今日はもう仕舞おう」
カウンターを抜けて真斗は暖簾を下げ表の提灯も消灯した。
「すみません」
「構わん。道楽でやっている店だ」
「でもあちらにはどなたかいらっしゃるのでは?」
「黒崎さんだ。ありがたいことにうちを贔屓にしてくださっている。今日は神宮寺も来ているのだ」
 黒崎と聞いてトキヤは思わず立ち上がって座敷のほうへ向いた。
「黒崎さんならご挨拶をしておかなければ」
「行かないでおいてくれ。黒崎さんは今ご息女の結婚が決まったから傷心なのだ。今神宮寺が絡まれ……慰……お相手をしている」
 制止されてトキヤはまた席に座りなおす。そういえば時々座敷のほうからは地を這ううめき声のような何かが聞こえてくる。あれは蘭丸の声なのか。
「レンは頼られると嬉しい人だからどんな目に遭ってもきっと本望でしょう」
「違いない。何か食べるか。いや料理屋でその質問は妙だな。品書きはそこにある。まあここに書いていないものでも作れるものはあるが」
 真斗が差した先には達筆な筆文字で書かれた「今日のおすすめ」がある。文字のかすれ具合からすると印刷ではなく頻繁なペースで書き直されているものではないかと思われる。一点に目がいってトキヤは思わず噴出した。
「なんだ。笑う所などないだろう?」
「すみません、この『今日の味噌汁』が懐かしくて」
「そうだろう? 俺が店をやるならば味噌汁は必ず毎日提供したいと思ってな」
「今日の味噌汁は何ですか?」
「今日は油揚げとわかめだな。油揚げから出る旨みが味噌と合わさっていい味を出している」
「若い頃に戻ったような気分です。ではお味噌汁と魚料理を何かお願いします」
こぼれる様な笑顔を落としてトキヤは注文を告げた。
「一ノ瀬は相変わらず小食なのだな。この前一十木が来た時は何でもいいから美味い肉! と言っていたぞ」
「あれと一緒にするのはやめてください」
「仲が良いのはよいことだ。準備するから少し待て」
「はい」
 カウンター越しに包丁が動く音がする。インスト曲も流れていない店内にはよくその音が響いた。

askより: 「防水」「スプレー」「黒」

 赤い、目立つ、信号機みたいだと言われる音也だがいつも着ているランニングウェアというのは地味なものだ。音也自体がとても目立つ存在だと思われているため地味な格好をすると途端に雰囲気が変わってしまうようだった。
 走りこみ自体は劇団シャイニングの頃からの名残だ。蘭丸は日常的に筋トレは欠かしていないというし、ステージ上やスタジオで走り回ることの多い音也にとって続けておいたほうがいいだろうと習慣になった。ただトキヤはそのことについてあまりいい顔をしていない。まだ走っているんだよと言ったときのトキヤはファンに顔バレをしたらどうするのかと、ジムで走ればいいのにと、まるで心配性の母親のようだった。
 ジム通いもまだ続いている。外を走るのは自転車といっしょでもはや音也の趣味のようなものだ。説得される気配はないと悟るとトキヤは小さくため息をついた。
「ならせめて皇居ランはやめなさい。あそこは人が多いですから」
「大丈夫だよちゃんと変装するし」
「あの辺は車通りも多いですからあまり空気はよくないんですよ。だいたい変装した所であの量の人の目を欺けるとでも思っているのですか。思ってるならあなたアイドルのオーラなんて1ミリも出ていないということですからアイドルなんて辞めてしまいなさい」
「トキヤひどい!」

 そんな風にして音也のウェアは上下とも黒くなって、自転車に乗ってるときも使っている鞄だけが赤くてたすきの様にいつもかけられていた。
 走っているときは無心になるという話を聞いたことがあるが音也が土手沿いを走りながら考えるのは次の曲のこと、この後食べるごはん、トキヤとやっている料理番組へのリクエスト料理について、これからの夢、いろんなことが形になっては消えていく。
 今イヤホンから流れている音楽もこれからレコーディングする予定のデモ曲だ。ハイテンポの、音也にしては珍しくダンスナンバーとなる予定だ。新しいことに挑戦できるのは楽しい。ひとつできるようになれば今まで考えようもなかった新しい道と解法が見えてきて、それらを全部ためしていくには時間が足りないと、焦りと楽しさで世界は溢れている。
 何だか急に薄暗くなった気がすると思えば霧吹きのような細い雨が降り出した。この辺は雨宿りできる所も少ない。音也は軽いジョギングから本気の走りに変えた。鞄の中のスマートフォンはともかく服の外にぶら下がっているお気に入りの音楽プレイヤーは防水ではないのだ。
 この辺唯一のコンビニに辿り着いた頃雨は勢いを増した。ぎりぎりセーフだった。
「このコンビニ来るの久しぶりだなあ」
レジの裏側に広めのイートインスペースが設けられたこのコンビニはこの冬音也たちが毎日通った劇場の近くにある。よくここで翔と肉まんを食べたりしていた。さすがに肉まんはもう売られていないが、セシルと半分ずつ食べていた和菓子のコーナーは今も健在だ。
「セシルはこの豆大福が好きだったよなあ……。そういや最近ラーメン食べてないや」
 あまりにも濃い時間だったから思い出すと驚くが天下無敵の忍び道の幕が下りてからまた3ヶ月程度なのだった。あの舞台のおかげで優れた身体能力が求められるバラエティ番組からオファーが来たりしている。だいたい翔もいっしょだ。
 雨はほんの10分ほど降り続いてからりと止んだ。虹がどこかで出ているかもしれない。音也は虹を探してコンビニを出た。

ST☆RISHが口紅のCMに出ました。

「口紅……ですか」
 珍しく7人揃って事務所に呼び出されたかと思えばST☆RISHはそれぞれに企画書を渡された。化粧品関連の仕事はこれまでも香水のプロデュースなどをしたが7人揃ってCMに出るというのは久しぶりだ。
「那月は前にもこういうのやってたよね」
 音也がジュースを飲みながら向かいに座る那月に話しかける。
「うたプリアワードの前のことですか? あれは翔ちゃんも褒めてくれたからとてもよく覚えてますよぉ」
「まだ覚えてんのかよ早く忘れろよ。つかこれすげえな。実際塗るのか」
翔は自分の唇を触りながら撮影日や当日の流れを確認する。「今までにないセクシーなST☆RISHを」というのがメインテーマのようだった。
「別に唇じゃなくてもどこに塗るかはそれぞれで決めてもいいようだから、格言にあわせたいよね」
この手のことはレンが詳しいのだろう。鞄からタブレット端末を出してきたレンは笑顔で「キスの格言」と書かれたwebページを検索して皆が見やすいように置いた。
「ワタシ頬がいいです。満足感。おなかがいっぱいということです。とても素晴らしい」
「トキヤは首でしょ?」
仲良くタブレットを覗き込んでいた音也とセシルは、企画書とは別に1枚の紙に書かれた、キスマークを置く場所を示した人体図を指差した。音也の声を聞いてトキヤの頬が引きつった。
「何故あなたが私のことを言うんですか自分のことだけ言っておけばいいでしょう」
「だってトキヤこの前出てたCMえっろかったじゃない? 今度はセクシー路線でって言われてるからトキヤ今度はもっとやっても大丈夫だしたぶん皆喜ぶよ」
 音也の言うエロいCMとは何ということのない普通のワインのCMのことだ。ただ、唇と喉元がアップになるカットがあったのだがそのシーンが「色気がやばい」とキャプチャー画像が出回ったのだ。
「それは名案だ」
「レン」
「パブリックイメージって大事だよ。生かさない手はないよ? それで行くならおチビちゃんは額だね。オレはこの格言にはないけど胸がいいなあ。選択肢としてはあるようだし」
 諌めるような口調のトキヤに対してレンはウィンクひとつ飛ばして話を進める。
「那月は背が高いせいもあるんだけど、『ピヨちゃんといっしょ』でちっちゃい女の子相手だとよくしゃがんでるじゃない? この前見たとき目の前にちゅってされてるところ見ちゃって、那月はこういうのが似合っていいなって思ったよ」
 「ピヨちゃんといっしょ」は那月がついに勝ち得たピヨちゃんとの共演番組だ。幼児向け番組だが体操のコーナーやお遊戯のコーナーや歌のコーナーもあってこの上なく那月にマッチした番組になっている。
「朝早い番組なのに音也くん見てくれてるんですね。ありがとうございます! じゃ僕は目の上にしますね」
「ていうか聖川、さっきから全然喋ってないけど大丈夫か?」
 翔が心配して声をかけたのは企画書を見たままぴくりとも動かない真斗だ。ただでさえ白い顔が若干青白い気さえする。そういえば共演した女優を抱きしめることさえままならなかった真斗だ。あれから場数を踏んだとはいえ今回のようなCMはまったく縁がないから、ラジオで共演経験の長い翔には心中が透けて見えるようだった。
「俺と変わるか? 頬だけど」
「いやしかしそれでは来栖が困るのではないか? しかし他には……唇は……」
「根性のない奴だねえ」
 いつもなら反論するレンからの言葉にも返すことはなく手の内で企画書に寄る皺が徐々に増えていく。
「じゃあ、真斗くんはそのほくろにっていうのはどうですか? 真斗くんのチャームポイントですしとっても可愛いと思います」
「ああ、それならば……」
「じゃ俺が唇ね! 俺が一番目立つよこれ!」
音也は赤いペンを手にとって図の口の部分に丸をつけておんぷくんを書く。分担を決めた用紙は事務所スタッフに渡し後は撮影日を待つばかりだ。

グレイテスト元ネタ:https://twitter.com/jjiroooo/status/467328675113750528

雨の日のST☆RISH

 テイクアウト専門のファーストフードの軒先にそのアイドル達はいた。撮影の合間にほんの少し抜け出したのだった。オーダーにもたついて多少時間はかかったがまさかその数分のうちにそこまで天気が急変するとは誰も思わなかった。
 運が悪い。その一言に尽きる。
「キツネノヨメイリ! ワタシこの前マサトに教えてもらいました。お天気なのに雨が降るのです」
空を指差して言うセシルに音也はハンバーガーに噛み付きながら首をかしげた。
「狐の嫁入りっていうにはちょっと大雨過ぎるかな。これゲリラ豪雨っていうんだよ」
「ゲリラ……? ニホンの天気、色々言葉があってムズカシイ」
「まあいきなり降る雨だよ」
「ゲリラ豪雨って普通もっと夏っぽくなってから言うやつじゃねえの? 音也相変わらず雑」
 音也とは反対側で壁にもたれかかっている翔が話に突っ込んで話を終わらせる。誰かが喋るのはやめても7人もいれば大体誰かが喋りだす。元々無口なグループではないからなおさらだ。
「すぐ出られると思ったのに聖川がカタカナのオーダーに戸惑ったりしているからだよ。同じ分からないにしてもご老人のほうが可愛げがある」
「お前こそ来栖の注文をじっと聞いていたではないか。同じものを注文すれば作法を知らなくてもばれないとでも思ったか」
 トキヤと翔を間においてテイクアウト全般に不慣れな真斗とレンがにらみ合う。いつものことながらと翔とトキヤは聞き流しているが長々と言い合っている。
「ねえトキヤ、俺暑いし皆でここにいてもしょうがないから走って傘取りに行ってきてもいい?」
「いけません。濡れますし、どうせすぐにあがりますよ」
「俺フードかぶってるしちょっとぐらい濡れても風邪引かないから大丈夫だよ」
「誰があなたの心配をするというんです。衣装さんが泣きますからやめてください」
音也が頬を膨らませてトキヤに何かを言おうとした瞬間那月が大声を上げて向かいの通りを指差した。
「あ! 皆あれ見てください」
 那月が指差したのは向かいのビルの小さな街頭ビジョンだ。新曲のMVが繰り返し放映されている。今流れている映像はシャイニング事務所の先輩にあたる寿嶺二の新曲のMVだ。久しぶりの新曲は嶺二らしい曲調ではあるものの物悲しさに溢れた曲だ。日ごろのバラエティ色溢れた嶺二をよく知っている後輩たちはトレードマークのマラカスも持たずスタンドマイクひとつだけ握り締めて歌うMVをみてとても衝撃を受けた。
「僕達も頑張りましょうねえ」
 雨はやがて小降りになりつつある。やがてやんで空には大きな虹がかかるはずだ。

いんすぱいあーもと:https://twitter.com/jjiroooo/status/461486186721058816

トキヤと那月と万年筆

 劇団シャイニングの3舞台が終了してもうすぐ2ヶ月が経とうとしている。それに付随していたtwitter企画もいったん終了となって何かあればアプリを起動させていた癖もようやく抜けたがtwitterが連れてきた縁というのもあった。
 万年筆だ。
 松ヤニ入りキャンディとは違って値が張るものにも関わらずトキヤのファンはこぞって購入し、いまだに品薄状態が続いているのだという。シャニスタではついに小さなインタビューコーナーが用意された。今日はそれの取材だが少し早くついてしまった。何をしていようか考えてトキヤは手帳を開いて万年筆のキャップを取った。
 そもそも幼き日に父の書斎で見た憧れが手元にやってきたのだから浮かれていたのだとは思う。父の万年筆の事を思い出したのは随分前に真斗と食事をともにして、招待状は万年筆で書くと書をしたためる時ほどではないにしろ気が引き締まると聞いたからだ。
 そして先ほどまで別フロアにある事務所で万年筆が欲しいんですという那月の相談を受けていた。
「どういうところに行けば売っているのか分からなくて、近くの文房具屋さんに行ったんですけど取り扱いありませんって言われちゃったので」
「四ノ宮さんはいつもあのヒヨコのペンを使っていたと思うんですが、何かコラボ万年筆でも発売されたんですか?」
「え? ピヨちゃん万年筆とかちょうちょう可愛いと思うのであったら絶対買いますけど、僕が欲しいのは翔ちゃんへのプレゼント用です」
 あと1ヶ月強で同期の中で唯一未成年だった翔も成人する。トキヤは同期のうちでも幼いころからこの世界で生きていて両親の庇護下にいた期間は短く、大人同様に扱われはじめた時期は早いがそれでも「節目」というのは感じた。翔の場合はそもそもここまでの道のりが用意されていなかった可能性が大きかったのだからなおさらだろう。
「毎年お揃いのものをプレゼントしているので、今年は何にしようかな、翔ちゃん20歳だからうんと特別なものがいいなって思ってたらトキヤくんの万年筆のことを思い出したんです。あんまり高いものは翔ちゃん受け取ってくれないかもしれないしよく分からないから、トキヤくんに教えてもらいたいです」
「書き味やデザインも大事ですけど翔が持つならとびきりお洒落なものが喜ばれるでしょうね。とりあえずネットで調べてからにしましょうか」
 事務所の空きパソコンであれこれと説明をしながらイメージと予算を聞いていく。30分程度で何本かに絞れたからあとは売り場へ行くだけだ。ここで買ってもよかったが実際に書いてみたほうがいいし案内すると主張したのはトキヤのほうで、那月は顔を綻ばせて喜んだ。
 「トキヤくんがいてくれて助かりました」
 と次の約束をして那月は次の仕事へ旅立っていった。
 成人といえばトキヤの元同室者でたびたびひとまとめにされる音也も翔と同い年で、先日成人を迎えたばかりだった。嶺二ともスケジュールをあわせてトキヤの部屋でささやかな誕生日パーティを開いた。嶺二はサングラスをプレゼントしていたがトキヤは音也たっての希望で「俺の好きなものフルコース」として料理を振舞った。しかし那月の献身振りを見ているとなにかサプライズを用意すればよかっただろうかと思ってしまう。
「もう終わってしまったことですが」
 口にすると自分が悪いことをしたような気になる。トキヤは目を閉じて大きく息を吐いた。まだいくらでも機会はある、とトキヤは万年筆を置いた。

音也へのお題は『「私は高いわよ?」』

 「ST☆RISH様」と書かれたドアを開けると目の前に音也が裸で立っていた。
 両手には脱いだばかりと思われるTシャツを持っていて、振り返り様にレンを見ていてぽかんと口を開けていた。
「あっ」
「昼間から大胆だねえイッキ」
「違うよただの着替えだよ。今日自転車で来たら通り雨にあっちゃってさ。もうびしょびしょなんだよ」
 そういわれてレンは今日来る時に道路が濡れていた事を思い出した。ちょうど通り過ぎた後に移動していたのだろう。音也が着ていたシャツは色が変わるぐらい濡れていて水滴こそは落ちないものの重そうに垂れていた。
「ジム通いは成果を上げてるみたいだね。筋肉ついてるよ」
「本当に? 嬉しいな。俺頑張ってるんだよ。この前翔とやった腹筋勝負俺が勝ったしね!」
 指差したとおりに背中を見ようとして、ひねったり鏡に向けたりしている音也の姿がいつに増して犬みたいで、レンは声を上げて笑いながらスマートフォンを向けて写真を撮った。シャッター音を聞くと仕事モードにでもなるのか音也はポーズを決めて、笑顔でピースを向けてきた。
「撮られといてなんだけどレン、俺の裸安くないよ? 高いよ?」
しゃがんで上目遣いのまま音也はレンに向かって手を突き出した。
「撮られる相手が身内なら可愛いもんだよ。イッキもそのうちレディと一緒の写真を撮られたりするんだよ」
 レンは鞄からガムを出すと音也の手に乗せたが、「眠気すっきり」と書かれたそれは音也の苦手な味だったらしくまたつき返された。
「芸能記者ってどこに潜んでるの」
「……イッキには火遊びはまだ早いと思うけど聞くかい?」
「音也に妙なことを吹き込むのはやめてください」
 レンもしゃがみこんで秘密の話を始めかけたところでトキヤがやってきた。そのままレンに対しては生活態度全般について、音也に対しては天気予報を見ろ、風邪を引くと説教の時間となった。

 ちなみに後日談としてはこの時に撮られた半裸の音也の写真はレンのブログにアップされることとなり、各地の音也担のあいだでレン様まじ崇めるわと話題になった。

10代最後の一十木音也、ハタチへの誓い

――もうすぐお誕生日ですね。おめでとうございます。今日は10代最後の一十木音也、ハタチへの誓いということでお話をお伺いしたいと思います。よろしくお願いします。デビューされて今年で5年目となりますがデビュー当時の思い出をお聞かせください。
ありがとうございます! これでようやくいろんなものが解禁される年になりました(笑)
俺の場合はちょっと異色……っていうか、色々あって一番最初のライブはデビューしたてとは思えないぐらい大きなところでやらせてもらいました。でもチケットは手売りだって言われて。すごいって思うと同時にどうしようっていうことしかなくて、でも埋められなかったら後がないっていわれたし、(手売りとか後がないとか)俺が蒔いた種だから俺がなんとかしないと! って思って路上ライブとかブログとか、思いつくこと全部やってなんとか成功させることができました。ステージから見た景色は今でも目に焼きついてるよ。皆いい顔してたから俺も嬉しくてちょっと泣きそうになったよ。

――こちらが一十木さんシャニスタ初登場の時のものです。
あっ、卒業オーディションだ! 懐かしいね。俺若い。この時俺の衣装がなくなるっていうハプニングがあったんだけど(一ノ瀬)トキヤも一緒に探してくれたんだよ。4年ってやっぱり長いなって思います。年数に見合うだけ成長できてるかな? トキヤに聞かれたらまだまだですよって言われそう。

―― 一ノ瀬トキヤさんとは番組やユニットなど活動を同じくすることも多いですが一十木さんにとって一ノ瀬さんはどんな存在ですか?
トキヤはだいたい格好いいんだけど時々すごい抜けてる。でも自分ではそのことに気がついてないんだよ。那月の天然とはまた違うタイプの天然。こういうこと言うと後ですごい怒られると思うんだけど言っちゃう。トキヤのほうが芸歴長いしそれこそ卒業オーディション終わって準所属決まって、すぐ仕事のオファーがあってあっさり正式デビュー決めちゃってって、ずっと背中を追いかけてる感じだったけど最近ようやく横顔見えるかな? って思えるようになった。これからもずっと一緒にやっていきたいライバルです。

――今後やりたいことはなんですか?
ライブハウスツアーをやりたいなって思っています。ひとりひとりみんなの顔が見えるような小さい所がいいな。(黒崎)蘭丸先輩のライブがすっごくかっこよくていいなって思ったから。ギター弾き語りとかかっこよくない?

――プライベートでやってみたいことはなんですか?
れいちゃん(寿嶺二)と飲みに行きたい! れいちゃんいつも打ち上げでも2次会とか最後まで行ってるんだよね。レンとか那月も一緒に行ってて羨ましいなって思ったんだ。ここからはもう大人の時間だからおとやんとはここでお別れだねって言われないよ。舞台やってた時にもうちょっとしたらおとやんとも一緒に飲めるねって誘われてたんだよ。せっかくだからトキヤも一緒に行きたいね。れいちゃんは色んな店知ってそうだから俺超楽しみ。

ーー去年の終わりから今年の初めにかけてはドラマに舞台と大忙しでしたが20歳を迎えるにあたっての心意気をお願いします。
去年は舞台でも同じチームだったマサ(聖川真斗)の成人を間近で見て、俺も10代の残り少ない日を大事にしないといけないと思って日記をつけ始めました。ちゃんと(強調して)今も続いています。3ヶ月は続いたからね! 俺本気だからね!?
あと、節目の年だっていうのは分かってるけどいつもどおりの俺でがんばります。目の前のシングル、ドラマ、舞台、撮影、ツアーってひとつひとつを積み上げていって、俺は時々登れているのか足踏みをしているか分かってないけど、気がついたら坂道を登りきって頂上にいる、そういうのが理想です。
新しい俺をみんなに見せていきたいって思うから俺のことを知ってほしいな。これからも応援よろしくお願いします。
(シャニスタ5月号)

ぷらいべったーにあった奴を回収。ときぺんとおとぺん。

孤高のときぺんは群れの中にいてもいつもひとり。
魚をとるのがとても上手いと評判で、でも本人はそんなことはお構いなしに氷の上からいつも海を眺めて暮らしていました。泳ぐのは自分が一番上手い、いつか誰も見たことがないこの海の向こうの景色を見てみたいと夢見ていました。
 同じ群れにはときぺんの1年後に生まれたおとぺんがいました。おとぺんは額の中央から生えた赤い飾り羽を揺らしながらあちこちを騒がせながら歩いていることが多く、それはときぺんに対しても同じでよく話しかけにいきました。
「ねえねえいつもここにいるけど何見てんの」
「俺おとぺんっていうんだけど名前なんていうの」
 そんな風にしてじっと答えを待つおとぺんには目もくれずときぺんは沈黙を守っていました。
「この前潜ってるところ見たけどお前の泳ぎ方かっこいいね」
 と言われたときにはさすがのときぺんも気をよくして
「そうですか、ありがとうございます」
とそっけない態度ではあったけどはじめて言葉を交わしました。何度も話しかけてようやく答えてくれた嬉しさにおとぺんは羽根をばたつかせながらときぺんの背中にどんとぶつかり、その勢いのまま2人仲良く海へと転落しました。
「あなたは何をやっているのですか! わたしを突き飛ばして何の得があるのですか!」
とこれまでになくときぺんは大声で叫んで、逃げるおとぺんの後ろを追いかけました。それがこれから長い長い付き合いになる2人のはじめての出会いでした。

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