2012年12月24日、クリスマスイヴ。
毎年今年は何かしらの仕事が入っていたが今年はオフ、自分も同時期にデビューした友人たちもマスターコースの教官だった先輩も学園時代の先生もだ。そんなに揃いも揃って休みになるなど日食並に珍しい。それもそのはずで24日はオフであると同時に事務所のクリスマス企画に駆り出されることになっている。休みを過ごすのはいつもと同じ、違うのはシャイニング事務所公式アカウントでアイドル一ノ瀬トキヤとして呟くことを要求されていることだ。
シャイニング早乙女は「親近感あふれるアイドルと思われるよう頑張ってクダサーイ!」というばかりで実際のルールは日向龍也から説明があった。
基本的にフォローから発言内容までアイドル側にゆだねられている。ただファン個人にリプライをすることは禁止され、守秘義務とプライバシーに関してはいつも以上に気をつけるように厳命された。
24日までには全員フォローを済ませておくようにいわれていたが、年始番組の収録や新春ドラマの番宣やらなにやらで共演した真斗やレンをフォローしたら音也から電話がかかってきた。出てみれば開口一番に「俺のことも早くフォローしてよ」と喚くものだから黙りなさいと一言だけ伝えて電話を切った。その後トキヤはいつものように押し切られて音也をフォローした。
そして迎えた24日。気がつけば0時を過ぎていて、iPhoneからタイムラインを眺める。口火を切ったのはマスターコースの教官でもあった寿嶺二だ。トキヤは彼の言動を眺めながら場をリードする能力について考えた。自分ももう少し年齢を重ねれば嶺二のようになれるのだろうかと思っても、頭をよぎるのは音也のことだ。嶺二に近いのはどう考えても自分より音也だ。目標ははるか遠くにあって、どうやって歩いていけばそこまでたどり着けるのかも分からない。
そうして思考の袋小路に入っていたところからふっと戻ってくれば1時を過ぎている。自分はまだ何も呟いていない。発言回数は問わないが開始直後には全員がなにかしら呟くようにしてほしいといわれたのを思い出してトキヤはiPhoneを操作した。
【おつかれさまです】
読み込まれていた前の発言を見てみればなにやら騒然としている。今度一緒にユニットを組んでCDを出すことになっている那月が意味不明なことを呟いている。
【もいすすん そくすにとかもちと】
那月の意味不明な行動を読むのは翔がとても上手いと思っている。翔に言わせれば
「あいつの考えることなんて分かったためしがねーけど」
ということだが、それでも自分などよりよっぽどよく分かっているとトキヤはレコーディングでしみじみ感じた。今度の謎発言はあの時よりよほど簡単で、そのままタイムラインに流した。
【おそらくかな入力になっているだけでしょう。いま電話で説明します。待っていてください。】
アプリを終了させるとアドレス帳を終了させて那月の携帯に電話をかけた。3コールほどで相手は出た。
「はい、四ノ宮です~。トキヤ君こんばんは。素敵な夜ですね」
電話口からは花でも飛んでいそうなふわふわした発言が聞こえてくる。
「一ノ瀬です。四ノ宮さん、twitterのことですが」
「あれ楽しいですねえ。四角いところに翔ちゃんやあいちゃんや音也君の顔が見えていて、その人が喋ってるみたいです。僕、翔ちゃんにどうやったら皆とお話できるか教えてもらったんですが、なんだかうまくおしゃべりできないんです。翔ちゃん日向せんせえとお話できてなんだか嬉しそうでしたね。トキヤ君はそう思いませんでした?」
ほのぼのとした口調で話の主導権を浚われてトキヤは口を挟むタイミングを逃した。那月の話は本当に独特だ。トキヤは嶺二よりまず翔を目指すべきではないかと思った矢先に質問が飛んできてようやく発言の機会を得た。
「四ノ宮さん、あなたは今パソコンがかな入力になっているからうまく発言できないんだと思うのです。キーボードを見てください。ALTキーとカタカナひらがなと書いてあるキーはありませんか? そのふたつを押してみてください」
「んー……ごめんなさい僕うまくできていないみたいです。さっきと同じ文字がでます」
しばらく電話の向こうからキーボードをなぞるような音が聞こえたあと那月はそう伝えてきた。しゅんとうなだれる様が見えるような声色だった。
「……四ノ宮さんってパソコンは何を使っていましたか?」
「僕のは翔ちゃんとおそろいです。うすくてどこにでも持っていけそうな可愛い子です。よく分からないっていってたら、翔ちゃんがしょうがないなあって言って2人で一緒に買いにいったんです。翔ちゃんが持っているのはお母さんからもらったちょっと古いやつを使ってるって言ってました」
「いえそうではなくて、OSとかメーカーとかそういうことです」
「おー……? よく分からないですが僕のはりんごのマークがついてますよ。そういえば林檎せんせえも今日参加するんですよねえ、僕楽しみです」
トキヤは思わず額を押さえた。那月のPCはMacと聞いてトキヤは自身のパソコンを起動させる。相槌をうちながら検索キーを叩いてゆっくりと那月に伝え始める。電話の向こうの那月からは明らかに大量に疑問符がついた言葉が返ってきていたがそれでもなんとかたどり着いたようだった。
「ん、んーできま――」
そこまで聞こえたところで電話がぶつりと切れた。iPhoneは充電切れを示している。
さすがにもうできているだろうと判断して、トキヤはかけ直すことはせず充電ケーブルにつないでtwitterにログインした。
【先ほど終わりました。おかげで携帯の充電が切れました。無事伝わっているといいのですが。】
レンに茶化されたりしていたが数分もしないうちに待っていた言葉が流れてくる。
【Merry Christmas!】
それを見てトキヤはほっと表情が緩むのを感じた。
疲れたけど無事伝えることができてよかった。満足すると眠気が襲ってきた。明日も早いのだ。twitterにはもう休むことを呟くと音也からリプライがやってきて少しやり取りをしてブラウザを終了させた。終了させる直前に那月から不思議な単語がまた洩れていたのが見えた。あれを回収に行く翔はやはり凄いと、そう思いながらトキヤはベッドに入った。
布団の中で音也からのメールを見て、手配の順を頭の中で確認してから眠りに落ちた。