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askより:Twitter企画が終わって、一十木と一ノ瀬はどんな感じだと思いますか

 楽屋入りしてからというもの、音也は学生時代のようにペンケースを机の上において一生懸命何かを書いている。何か書き物の仕事にしてはペンが動いている先は何か厚いノート状のものだ。
「さっきから何を書いているのですか」
「俺の日記!できるまでは見ちゃ駄目だよ」
「別に見たいとは言っていません」
「えー」
 最後に赤いペンに持ち替えていつものおんぷくんを書いているところはトキヤの目にも見えた。それを最後にペンを置いて閉じた。表紙は真っ赤でペンホルダーはピンクだから配色的には女性をターゲットにしたカバーに見えたが、不思議と音也のために作られたもののように見えた。
「というかあなたのことだから3日坊主で終わるだろうと思っていたのにまだ続いてたんですね」
「へっへーん。これお正月に翔と買い物に行ったとき見かけてさ」
 透明なカバーの裏表紙側にはひまわりのポストカードが収められていた。いつかのロケで音也と一緒にいったひまわり畑での写真だ。
「マサの誕生日パーティがすごい印象的で、俺いっこしか違わないのに、誕生日で言ったら何ヶ月しか変わらないのに。俺もあんな風になれんのかなって」
音也の誕生日はもうすぐそこまで迫っている。12月の真斗と同じように節目の年を迎えるのだ。
「あなたは聖川さんとは全然違いますから別にそのままでもいいんじゃないですか」
「そうかな?で、さっきの話に戻るんだけど翔が今年は久しぶりに日記書こうかっていうから俺も俺もっていって、せっかくだからファンの皆の前で宣言したんだ。来年の1月の俺がこれ読んだらどんな気分かなあって思ったらちょっと楽しみかも」
「気の早い話ですね。というかあなたシャニスタの原稿早く提出しなさい。月宮さんがそろそろ怒りますよ」
「あっ」

Twitter企画終わって那月くんはどう思ってるでしょうか

 3月1日、21:00。
 昨日まではこのぐらいの時間はまだ劇場の楽屋にいたのに不思議な気分だ。今日はもう帰りの車の中で1日オフだった。今夜の藍は行く所があるというから昼間に翔と3人で打ち上げをかねてお茶会を開くことにした。マスターコース初期の懇親会をしたあのカフェでだ。藍はあの時みたいにシュークリームの皮を剥くことはなかったけど飲んだことのない紅茶を頼んでいた。
「ナツキが淹れた紅茶の味との差異が興味深い。大部分は同じ味がしているけどボクとしてはナツキが淹れていたほうが若干好ましいかな」
 藍はいつも一番に劇場に到着してよく外を眺めていた。それから那月が来て、大体嶺二が最後だった。準備が整って開演までの少しの時間は那月が紅茶を入れて、藍が「窓から見える景色」のうちいつもと違う箇所の話をして、それを聞いた嶺二が推理小説の探偵のようなことをするのがマスカレイドミラージュの楽屋の日常だった。
 外を眺めるのをやめてポケットから携帯を取り出した。迷わないようにと翔が待ち受け画面に作ってくれたショートカットを押すとこの4ヶ月間何度も眺めたtwitterの画面が開かれた。一番最新の呟きは昨日の日付のままだがリプライはこの瞬間にも届いていた。那月に向けられたことばはどれも暖かさに溢れていた。
「お前また携帯見てんの」
隣から眠気交じりの声がした。大あくびをして目を擦りながら那月のほうを見ている。
「翔ちゃん、まだ着かないし寝ててもいいよ」
「いやもう寝る気しねえな。まさか藍がスケートやりたいなんて言うなんてな。でもさすがに疲れた。まさかアイスダンスの飛ばされるほうまでやらされるとは思わなかった」
「翔ちゃん上手でしたよぉ。あいちゃんもちょっと手を繋いですべったらすぐに上達したしやっぱりあいちゃんは凄いですね」
「俺昔薫と一緒にスケートしてたことあったからちょっと自信あったけど、そういやお前北海道育ちだったよな……できるはずだった。んで、企画終わったししばらくこのアカウントを使うことは出来ねえけど、寂しいか?」
 那月の手の内を覗き込んでくる。携帯の小さな画面は昨日のパーティを遡って表示していた。
「そうだね、とっても楽しかったから。いろんなことがあったね。いろんなおはなしをしたよね。本当なら今日翔ちゃんとあいちゃんと3人でスケートしたこともみんなに言いたいけど」
しゅんと那月の眉が下がる。それを見た翔が那月の背中を優しく叩いた。
「ファンと話すっていう意味では俺より那月のほうがよく使ってたもんな」
「翔ちゃんはよく音也くんとそのまま話し込んでましたね。あとよく那月那月って呼んでくれてました」
「そんなに呼んでたつもりねえんだけど、ラーメンの時はレンとトキヤには突っ込まれた」
「忍者さんチームはいつもラーメン食べてましたもんね。僕も食べたいです」
「トキヤにはすんげ引かれたけどこの時間に食うラーメンすげえ美味いんだって」
「今度皆誘っていきましょうね」
「そうだな」
ふふ、と笑いあって名残惜しそうに画面を見つめると那月はtwitterの画面を閉じた。

askから。

2/8の東京は大雪でした。

 雪はまだ降り続いている。夜公演は中止にはならなかったものの交通機関は乱れたままだ。近隣のタクシー乗り場は行列ができておりタクシーを呼んだところで到底来そうにないと劇場スタッフに聞いた。しばらく待ってみたが状況は変わらなそうだ。トキヤの自宅はここから歩いて帰れない距離でもない。ジムに行ったと思うことにしようと帰り支度をはじめたところノックもなく楽屋のドアが開かれた。
「トキヤ! 今日泊めて!」
 赤い男が現れた。ダウンジャケットこそは黒いがヒップバッグや首筋にかかっているマフラーは赤で、これでもかとばかりに存在感を主張している。昼夜公演の上にあれだけ全力で雪合戦をしていたのにも関わらず疲労感を微塵も感じさせず音也はどかどかと楽屋の中に入り込んでトキヤの向かいの椅子に座った。
「……ノックぐらいしたらどうですか。他の方々は帰られましたが先輩しかいなかったらどうするつもりだったんです」
「あっごめんね。でも小道具さんがトキヤまだいるよって言ってたから。俺今日帰れそうにないんだよ。だからトキヤんちに泊めてよ」
 顔の前でぱんと手を合わせて殊勝な態度を見せている。音也ならこのまま楽屋に泊まるよ~とでも言うかと思っていたのに意外だった。
「寿さんに送ってもらうとか翔の家はどうなんですか」
「れいちゃんは次の仕事に行ったよ。まいらすの突発ロケなんだって。翔は今日那月んちに行く用があるからって言ってた。ねえトキヤ~」
「嫌です。この前の鍋の時もあなたはひとり深夜まで騒々しかったですし、私は今日は早く寝たいのです」
「むう」
 マフラーを巻きながら拒否の意を伝えると音也は机の上に肘をついて頬を膨らませた。じろりとトキヤを見上げてくる。
「そんな顔をしたって駄目なものは駄目です。あなたももうすぐ成人なのですからそんな子供っぽいことはやめなさい」
「だって俺まだみせいねーん。大体トキヤずるいし俺に厳しくない? 俺蘭丸先輩と仲良くなりたいのに昨日のトキヤ蘭丸先輩に超褒められてたしごはん誘っても断るのにマサとは4時間もってどういうことー。たまには俺のわがままも聞いてよー」
「黒崎さんは同じチームですから必然的に音也より過ごす時間は長いわけですし、音也が行こうという店はいつも焼肉かラーメンか、そんなのばかりじゃないですか」
 唇を尖らせてぶーぶー言う音也を見て、しばらくしてからトキヤはため息をつくと音也の隣に立ってその赤いマフラーを引っ張った。
「それに音也のわがままを何から何まで聞いていたら調子に乗るのでお断りします。ところで、……あなたこの前のうちに来た時忘れ物をしていたので取りに来なさい」
「じゃ行っていいんだね!? ありがとうトキヤ!」
「うちまでは歩きですから。それと着いたら軽く食べてすぐ寝ますから。話は聞きませんよ」
 先に楽屋のドアまでいくトキヤの背中に音也の声が飛び掛る。ついで慌てて椅子から立ち上がる音がした。
「じゃこれからしゃべる! いっぱい聞いてほしいことがあるんだ!」
 音也の退室を待ってトキヤは電気を消して楽屋を出た。


ここから考えました→https://twitter.com/jjiroooo/status/428947728970690560

1/27の音也の続き

――先日はもしや皆に心配をかけてしまったのではないだろうか。俺と一十木は何事もない。いつも通りだ。いや、少し変わったのだろうか。俺と一十木は長い付き合いになるが、今まで何かを議論することはなかった。そもそも同年代とひとつのことに対して真摯に意見を交わすこと機会などそうなかったな。少し新しい世界が見えた気分だ。一十木のことも少し踏み込んで知ることが出来た。仲間というものは良いものだ。皆風邪を引かぬよう。ではな。

*****

「この前、聖川さんとどこへ行ってたんですか?」
 W1の今日のごはん収録待ちのころにトキヤが話しかけてきた。この時間はだいたいいつも今日の手順を確認しているからトキヤからっていうのは珍しい。
「鍋だよ。一十木は野菜が不足しているからたくさん野菜が食べられる鍋にしよう、ってさ。トキヤみたい。トキヤも来たかった?」
試しに聞いてみると少し考える間があった。トキヤとマサは仲がいいし食べに行ったら何時間も話し込んでるし、行きたかったですねという答えが返ってくるもんだと思っていたら違った。
「割って入るほど無粋ではありませんよ。聖川さんと私は好みが似た所がありますからね気になる所も似ているんでしょう。放っておけば翔や愛島さんと一緒にラーメンばっかり食べる音也がチームの最年長としては気になるんでしょうね。そういえば……ついでにあの日の音也の発言で気になったことがあるですが」
 なんだかトキヤの説教スイッチを入れてしまった気がする。俺はとりあえずスマホを触るのをやめて、まっすぐトキヤを見て「ちゃんと話を聞いています」という姿勢をとる。
「あなたは自分の気持ちに整理をつけるつもりで呟いたかもしれません。でもあれでは悪い言い方になりますが、ファンを味方につけて聖川さんが許さざる環境を作った、ととれてしまいますよ」
 トキヤの言葉に俺は思わず立ち上がる。硬い表情になっているかもしれない。それでも言わざるをえなかった。
「俺とマサは確かに言い争いになったけどそんなことはやってないし俺考えてもないよ!」
「そんなことは百も承知ですから座りなさい。あなたは見られているという意識が足りていません。この世界は甘くないのです。誰が見ていて何をつけこまれるか分かったものではないのですよ」
渋々座りながらトキヤの話を聞く。でも不思議だ。今日のトキヤは機嫌がいいのかな。雰囲気が相変わらず不思議なまでにやわらかい。
「……素直な所は音也の数少ない良いところですが、そういった行動は遠からずあなたの評価を下げます。言いたくても我慢しなさい。どうしても言いたいのなら私かレンに言いなさい」
「なんだか今日のトキヤ優しすぎて不気味なんだけど、何かいい事でもあったの」
「……あなた本当に失礼な人ですね」
台本に手を伸ばしもういいですとばかりに話を打ち切る。俺は思わずトキヤに詰め寄って顔の前で手を合わせて頭を下げる。
「ごめんったらトキヤーー」
その後のトキヤは収録のとき以外はつーんとして口も聞いてくれなかった。

1/27の音也が非常に爆弾だったんだったので。

 夜公演を終えて反省会をかねたお茶会も終わった。先輩2名は次の仕事に旅立って行き那月はひとり楽屋に残っていた。この後はもう帰って寝るだけだ。それでもまだ帰らないのはさっき翔から1通メールが届いていたことによる。
――この後仕事ないなら楽屋でいてくれないか?
翔が那月たちの楽屋に来るのはなんら珍しいことではない。むしろこんな風にメールが来るほうが珍しい。なにか良くないことでもあったのだろうか。今の那月に出来ることはお湯を沸かして翔の好きな茶葉を用意することぐらいだった。
 翔はそれから10分もしないうちにやってきた。ノック音がまずして、応答するもドアが開く気配はなかった。不思議に思って那月は外を窺いに行くと帰り支度はもう終わらせてお気に入りの帽子もかぶった翔が立っていた。朝見かけた翔と変わらないが、ひとつ、表情が沈んでいて今もドアを開けた那月に気付いておらずうつむいている。
「翔ちゃん?」
「あ、おう。お疲れ」
「お疲れ様。翔ちゃん何が飲みたい? ミルクティにする?」
「ミルク多めにしてくれ」
話しかけてようやく笑顔を見せたが今日は言葉少なめに翔は楽屋に来た時の定位置に座り込んだ。翔が「ミルク多めで」という時は大体疲れている時だ。那月はいつもより甘めに仕立て上げて翔の前に差し出した。
両手でマグカップを持って息を吹きかけながら一口二口飲んで、翔は重い口をようやく開いた。
「今日さ、音也と聖川の意見が珍しく合わなくって。どっちも自分が正しいからって引かなくて。あ、別に喧嘩じゃないからな? 舞台の今後とか進行とか展開とか、よくしていこうっていう上での、言い争いだ」
なんだかいつもより煮え切らなくて、言い訳のような雰囲気がする。那月は隣に座ったままで急がせずに「うん、それで?」と相槌を打つことに専念していた。
「まだ学生だった頃に俺もトキヤと衝突したなあっていうのとか、俺はあの場でどうすればよかったのかとか考えちまって。実際音也が言ってることも聖川が言ってることも分かる。間違ってない。でもどっちのほうがよりいいっていうのは言えなかった。ああいう時、レンとかトキヤだったらどういうんだろうな。那月んとこはそういうのあるか?」
楽屋に常備されているクッキーの類のお菓子を薦めつつ那月はこれまでの公演を振り返る。
「僕のところは~……衝突とかはあんまりないかも、ですね。失敗するのは大体僕で、時々れいちゃん先輩がアドリブ入れすぎて足りなくなっちゃったりしますけど。そういう時はあいちゃんがれいちゃん先輩に指導されてますね。優しい先輩たちです」
ステップを間違えた時も少しぶつかっても有能な先輩達はフォローに事欠かない。
「忍者は皆似た年代ばかりだからマサにかかる負担も軽くしてやりてえんだよな……。半分過ぎてまだこういうのかんがえてんのな。遅いよな」
「悩めばキリがありませんよ。後悔してもあと1ヶ月で終わっちゃうんですよね」
「悔いが残らないようにしないとな。おし、話聞いてくれてありがとな。ラーメンでも食いにいくか」
「いいですねぇ~。僕今日はとんこつが食べたい気分です」
「俺はしょうゆかな。今日は俺のおごりだトッピングも好きに入れていいぞ」

1/19のトキヤがすごい勢いで鈍器振りかざして殴りにきたので。

 今日も無事に幕が下りた。雪が降りそうなぐらい寒い日だったのにお客さんがいっぱい来てくれてて嬉しい。それよりも気になったのは今日はマサの声がいつもより通ってる気がしたことだ。幕が上がるまでは帰ってくるなんて行って、資料を持ってトキヤのところに行ってなかなか帰ってこなかったし。帰る準備を整えて鞄をもって出ようとしたらノックする音がして続いてれいちゃんが顔を出した。
「おとや~ん、今晩ヒマ?」
「え、うん。もう帰ってテレビでも見て寝るだけだけどどうしたの?」
「それがさあ、聞いて驚くことなかれ! トッキーがご飯に誘ってくれたんだよ!」
「えっ」
 思わず時計を見たけと間違いなく21時を過ぎていた。トキヤがこの時間にごはんを食べに行こうなんていうなんて。クリスマスの時だって一部は俺のお皿に帰って来たのに。
「おとやんも空いてたら一緒に言ってたから先にぼくちんが誘いに来たんだー」
「トキヤは? ていうかれいちゃん何食べてんの」
「休憩スペースで誰か知り合いと話し込んでてね、前通りかかったら呼び止められてさ。あ、その話してた人なんだけど目元がトッキーに似てたからもしかしたらお父さんだったりするのかな。翔たんとこもこの前お父さん来てたみたいだし?」
 言いながられいちゃんは青いラベルのついた透明なパッケージを差し出してきた。5cmぐらいの入れ物に飴がいっぱい入っている。
「おとやんはまだ舌がお子様だからな~この飴の美味しさが分かるかな~」
「あっこれ最近トキヤが流行らせてるってやつ?」
にやにや見てくるれいちゃんを見ながらひとつ口に入れてみる。すごい独特の味がする。ミントのガムよりもっと口の中がひんやりする。
「うえっ薬みたい。口の中がすーすーする」
「あーおとやんはやっぱりおとやんだなー。ハチミツ入ってるからそのうち甘くなるよ」
「トキヤってこんなのいつもなめてるの。でもトキヤの愛用品だし喉にはよさそう」
 楽屋の電気を消して歩きながらtwitterのアプリを開いて感想を書く。ついでに今日のみんなのツイートをさかのぼる。マサは7並べをしてて遅かったみたいだ。マサもこの飴食べたのかな。美味しかったのかなと思いながら遠くのほうで「おじさん」というぐらいの年齢の人と別れるトキヤを見かけた。
 こちらへ向かってくる「おじさん」とすれ違い様に顔を見たけどれいちゃんの言うとおり確かにトキヤと顔が似ていた。これがあの夜トキヤが喋っていたトキヤのお父さんなんだな。
「れいちゃんはここで待ってて。俺トキヤのとこ行ってくる」
トキヤが角を曲がったのを見てから俺は廊下をダッシュした。
「トーキヤ!」
後ろから走っていってトキヤの背中に勢いよくどんとぶつかる。トキヤは2,3歩ふらついてからこちらを振り返ってくる。
「何をするんですか危ない人ですね」
口では文句を言いながらいつになく嬉しそうで満足げな顔をしている。肩越しにトキヤの手に持った博多の住所が書かれた紙袋の中を覗き見る。中には本とか包装された袋とか色々入っていた。
「なんですかへらへらして気持ち悪い」
「トキヤがごはんなんて珍しいなって思って」
「外食はしませんよ……父が来ていまして、鍋のセットをもらいました。ひとりでは食べられませんから。父からも先輩の方やお友達と食べなさいと言ってまして」
「お友達」
「そこあえて復唱するところですか?」
口が滑ったのか妙に早口で言い返してくるトキヤが面白くて笑ってしまった。
「トキヤのごはん久しぶりだなー。駐車場のれいちゃんの車で待ってるから早くして!」
「わかりました」
 トキヤの声すごいはずんでる。嬉しかったんだろうな。今日の日記はこのトキヤとごはんのことについて書こう。

12/29

12月29日。
 今日も無事舞台の幕が降りた。今日の忍び道楽屋は朝から花が届けられており、あっという間に一角が埋まってしまい店でも開けそうな勢いだった。今日はこれから真斗の誕生日パーティだ。昨日は音也提案の元レンと蘭丸と真斗だけで食事に行っていたが今日は真斗と親しい関係のシャイニング事務所が勢ぞろいする。会場とスケジュールは抑え済みで口の堅いレストランを一軒貸切にしていると嶺二から聞かされていた。
「イッキ、聖川は無事ランちゃんとおチビちゃんが一足先に連れ出したよ」
 今日はいつになくシックな装いのレンが楽屋に顔を出した。昨日は遅くまで外出していてそのまま昼夜公演だったが疲れのかけらも見られない。
「あ、レンお疲れ~。俺たちはもうちょっとここの片づけしていくよ。すぐ終わるから待っててー。」
「へぇ毎日自分達で掃除しているのかい?」
「いつもはマサがやってるんだけどね。今日は俺たちがやるんだ」
 拭き掃除をしていたセシルが立ち上がって布巾を大きく振り上げた。
「今日はワタシもマサト大作戦の任務を頑張りました!」
「任務?」
「セシル丸の今日の任務はマサを何か色々めんどくさい今日やらなくてもいいようことから護衛することだよ!」
「イエス、マサトはとても気がつく。ワタシとオトヤが先回りしてそれらを片付ける。困ったことはトキヤに聞きました。マサトはいつもこんなことをやっているのかととてもカンドウしました。護衛はいつもされるほうでしたが、するほうは難しい」
 目をきらきら輝かせながら語るセシルに音也は掃除機のスイッチを切って後始末をしながら、椅子の上においてあったパーティグッズ用の帽子を手に取った。
「マサは舞台始まってからずーーーっと、自分が一番年上だからって色々抱えてそうだし、これからは成人なのだととかいってどんどん堅苦しくなっちゃうから。20歳の最初の日だけはバカになればいいんだよ。だからこの帽子はせめてもののきっかけになるといいなって」
 ハッピーバースデーと書かれたケーキ型の帽子は色とりどりのロウソクが刺さっており、これを真斗がかぶっている所を想像するとレンは口元を押さえつつも笑いをこらえることが出来なかった。
「えっここ笑う所じゃないんだけど。昨日は昨日はレンと蘭丸先輩にマサあげたんだから今日は俺たちプロデュースでお祝いしたいんだ」
「俺たちプロデュースってお店はブッキーのセレクトなんだろ? ブッキーはいいのかい?」
「れいちゃんはれいちゃんだからいいの」
「オトヤ、こっちも終わりました。急ぎましょう。今日は素敵な音楽が聴ける日。ワタシ楽しみです」
 セシルはコートの上からボディバッグをかけながら入口へと足を進める。
「よし、じゃ行こうか。車は裏に回してあるからゆっくりおいで」
「ありがとうレン!」
 ギターケースを肩にかけてセシルの後から音也は楽屋を出た。

もいすすん そくすにとかもちと

 2012年12月24日、クリスマスイヴ。
 毎年今年は何かしらの仕事が入っていたが今年はオフ、自分も同時期にデビューした友人たちもマスターコースの教官だった先輩も学園時代の先生もだ。そんなに揃いも揃って休みになるなど日食並に珍しい。それもそのはずで24日はオフであると同時に事務所のクリスマス企画に駆り出されることになっている。休みを過ごすのはいつもと同じ、違うのはシャイニング事務所公式アカウントでアイドル一ノ瀬トキヤとして呟くことを要求されていることだ。
 シャイニング早乙女は「親近感あふれるアイドルと思われるよう頑張ってクダサーイ!」というばかりで実際のルールは日向龍也から説明があった。
 基本的にフォローから発言内容までアイドル側にゆだねられている。ただファン個人にリプライをすることは禁止され、守秘義務とプライバシーに関してはいつも以上に気をつけるように厳命された。
 24日までには全員フォローを済ませておくようにいわれていたが、年始番組の収録や新春ドラマの番宣やらなにやらで共演した真斗やレンをフォローしたら音也から電話がかかってきた。出てみれば開口一番に「俺のことも早くフォローしてよ」と喚くものだから黙りなさいと一言だけ伝えて電話を切った。その後トキヤはいつものように押し切られて音也をフォローした。

 そして迎えた24日。気がつけば0時を過ぎていて、iPhoneからタイムラインを眺める。口火を切ったのはマスターコースの教官でもあった寿嶺二だ。トキヤは彼の言動を眺めながら場をリードする能力について考えた。自分ももう少し年齢を重ねれば嶺二のようになれるのだろうかと思っても、頭をよぎるのは音也のことだ。嶺二に近いのはどう考えても自分より音也だ。目標ははるか遠くにあって、どうやって歩いていけばそこまでたどり着けるのかも分からない。
 そうして思考の袋小路に入っていたところからふっと戻ってくれば1時を過ぎている。自分はまだ何も呟いていない。発言回数は問わないが開始直後には全員がなにかしら呟くようにしてほしいといわれたのを思い出してトキヤはiPhoneを操作した。
【おつかれさまです】
読み込まれていた前の発言を見てみればなにやら騒然としている。今度一緒にユニットを組んでCDを出すことになっている那月が意味不明なことを呟いている。
【もいすすん そくすにとかもちと】
那月の意味不明な行動を読むのは翔がとても上手いと思っている。翔に言わせれば
「あいつの考えることなんて分かったためしがねーけど」
ということだが、それでも自分などよりよっぽどよく分かっているとトキヤはレコーディングでしみじみ感じた。今度の謎発言はあの時よりよほど簡単で、そのままタイムラインに流した。
【おそらくかな入力になっているだけでしょう。いま電話で説明します。待っていてください。】

アプリを終了させるとアドレス帳を終了させて那月の携帯に電話をかけた。3コールほどで相手は出た。
「はい、四ノ宮です~。トキヤ君こんばんは。素敵な夜ですね」
電話口からは花でも飛んでいそうなふわふわした発言が聞こえてくる。
「一ノ瀬です。四ノ宮さん、twitterのことですが」
「あれ楽しいですねえ。四角いところに翔ちゃんやあいちゃんや音也君の顔が見えていて、その人が喋ってるみたいです。僕、翔ちゃんにどうやったら皆とお話できるか教えてもらったんですが、なんだかうまくおしゃべりできないんです。翔ちゃん日向せんせえとお話できてなんだか嬉しそうでしたね。トキヤ君はそう思いませんでした?」
ほのぼのとした口調で話の主導権を浚われてトキヤは口を挟むタイミングを逃した。那月の話は本当に独特だ。トキヤは嶺二よりまず翔を目指すべきではないかと思った矢先に質問が飛んできてようやく発言の機会を得た。
「四ノ宮さん、あなたは今パソコンがかな入力になっているからうまく発言できないんだと思うのです。キーボードを見てください。ALTキーとカタカナひらがなと書いてあるキーはありませんか? そのふたつを押してみてください」
「んー……ごめんなさい僕うまくできていないみたいです。さっきと同じ文字がでます」
 しばらく電話の向こうからキーボードをなぞるような音が聞こえたあと那月はそう伝えてきた。しゅんとうなだれる様が見えるような声色だった。
「……四ノ宮さんってパソコンは何を使っていましたか?」
「僕のは翔ちゃんとおそろいです。うすくてどこにでも持っていけそうな可愛い子です。よく分からないっていってたら、翔ちゃんがしょうがないなあって言って2人で一緒に買いにいったんです。翔ちゃんが持っているのはお母さんからもらったちょっと古いやつを使ってるって言ってました」
「いえそうではなくて、OSとかメーカーとかそういうことです」
「おー……? よく分からないですが僕のはりんごのマークがついてますよ。そういえば林檎せんせえも今日参加するんですよねえ、僕楽しみです」
 トキヤは思わず額を押さえた。那月のPCはMacと聞いてトキヤは自身のパソコンを起動させる。相槌をうちながら検索キーを叩いてゆっくりと那月に伝え始める。電話の向こうの那月からは明らかに大量に疑問符がついた言葉が返ってきていたがそれでもなんとかたどり着いたようだった。
「ん、んーできま――」
そこまで聞こえたところで電話がぶつりと切れた。iPhoneは充電切れを示している。
さすがにもうできているだろうと判断して、トキヤはかけ直すことはせず充電ケーブルにつないでtwitterにログインした。

【先ほど終わりました。おかげで携帯の充電が切れました。無事伝わっているといいのですが。】
 レンに茶化されたりしていたが数分もしないうちに待っていた言葉が流れてくる。
【Merry Christmas!】
 それを見てトキヤはほっと表情が緩むのを感じた。
 疲れたけど無事伝えることができてよかった。満足すると眠気が襲ってきた。明日も早いのだ。twitterにはもう休むことを呟くと音也からリプライがやってきて少しやり取りをしてブラウザを終了させた。終了させる直前に那月から不思議な単語がまた洩れていたのが見えた。あれを回収に行く翔はやはり凄いと、そう思いながらトキヤはベッドに入った。
 布団の中で音也からのメールを見て、手配の順を頭の中で確認してから眠りに落ちた。

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