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Tag: 音也

料亭一ノ瀬

「聖川さんが美味しそうなエビをもってきてくださったので揚げてみました。どうぞ、小エビのフリッターです」
「トキヤが揚げ物なんてどうしたのうまそう……」
「どうしたんですか聖川さん」
「フリッターとはなんだ。これは天ぷらのように見えるがそうではないのか」

1/27の音也の続き

――先日はもしや皆に心配をかけてしまったのではないだろうか。俺と一十木は何事もない。いつも通りだ。いや、少し変わったのだろうか。俺と一十木は長い付き合いになるが、今まで何かを議論することはなかった。そもそも同年代とひとつのことに対して真摯に意見を交わすこと機会などそうなかったな。少し新しい世界が見えた気分だ。一十木のことも少し踏み込んで知ることが出来た。仲間というものは良いものだ。皆風邪を引かぬよう。ではな。

*****

「この前、聖川さんとどこへ行ってたんですか?」
 W1の今日のごはん収録待ちのころにトキヤが話しかけてきた。この時間はだいたいいつも今日の手順を確認しているからトキヤからっていうのは珍しい。
「鍋だよ。一十木は野菜が不足しているからたくさん野菜が食べられる鍋にしよう、ってさ。トキヤみたい。トキヤも来たかった?」
試しに聞いてみると少し考える間があった。トキヤとマサは仲がいいし食べに行ったら何時間も話し込んでるし、行きたかったですねという答えが返ってくるもんだと思っていたら違った。
「割って入るほど無粋ではありませんよ。聖川さんと私は好みが似た所がありますからね気になる所も似ているんでしょう。放っておけば翔や愛島さんと一緒にラーメンばっかり食べる音也がチームの最年長としては気になるんでしょうね。そういえば……ついでにあの日の音也の発言で気になったことがあるですが」
 なんだかトキヤの説教スイッチを入れてしまった気がする。俺はとりあえずスマホを触るのをやめて、まっすぐトキヤを見て「ちゃんと話を聞いています」という姿勢をとる。
「あなたは自分の気持ちに整理をつけるつもりで呟いたかもしれません。でもあれでは悪い言い方になりますが、ファンを味方につけて聖川さんが許さざる環境を作った、ととれてしまいますよ」
 トキヤの言葉に俺は思わず立ち上がる。硬い表情になっているかもしれない。それでも言わざるをえなかった。
「俺とマサは確かに言い争いになったけどそんなことはやってないし俺考えてもないよ!」
「そんなことは百も承知ですから座りなさい。あなたは見られているという意識が足りていません。この世界は甘くないのです。誰が見ていて何をつけこまれるか分かったものではないのですよ」
渋々座りながらトキヤの話を聞く。でも不思議だ。今日のトキヤは機嫌がいいのかな。雰囲気が相変わらず不思議なまでにやわらかい。
「……素直な所は音也の数少ない良いところですが、そういった行動は遠からずあなたの評価を下げます。言いたくても我慢しなさい。どうしても言いたいのなら私かレンに言いなさい」
「なんだか今日のトキヤ優しすぎて不気味なんだけど、何かいい事でもあったの」
「……あなた本当に失礼な人ですね」
台本に手を伸ばしもういいですとばかりに話を打ち切る。俺は思わずトキヤに詰め寄って顔の前で手を合わせて頭を下げる。
「ごめんったらトキヤーー」
その後のトキヤは収録のとき以外はつーんとして口も聞いてくれなかった。

腹痛、ふとん、ゆたんぽ

「レンて湯たんぽなんか使うんだ」
音也は脱衣所の片隅に放置されたオレンジの湯たんぽを見つけて手に取った。
「聖川からだよ」
「マサから? 何でまた」
「全裸で寝ると腹を壊すから冬場だけでも布団を暖めて寝ろって」
「使ってるの?あったかい?」
「使ってるのは当の聖川本人とかおチビちゃんだよ」

料亭一ノ瀬

「トッキー肉入るの肉入るの」「そんなに入れませんよ。そもそもうちにはササミしかありません」「そんな! 料亭一ノ瀬いい肉入れてんじゃないの〜?」「勝手に人の冷蔵庫開けないでください」「トキヤ何これ」「オリーブオイルです。劣化しますから出さないでください」

1/19のトキヤがすごい勢いで鈍器振りかざして殴りにきたので。

 今日も無事に幕が下りた。雪が降りそうなぐらい寒い日だったのにお客さんがいっぱい来てくれてて嬉しい。それよりも気になったのは今日はマサの声がいつもより通ってる気がしたことだ。幕が上がるまでは帰ってくるなんて行って、資料を持ってトキヤのところに行ってなかなか帰ってこなかったし。帰る準備を整えて鞄をもって出ようとしたらノックする音がして続いてれいちゃんが顔を出した。
「おとや~ん、今晩ヒマ?」
「え、うん。もう帰ってテレビでも見て寝るだけだけどどうしたの?」
「それがさあ、聞いて驚くことなかれ! トッキーがご飯に誘ってくれたんだよ!」
「えっ」
 思わず時計を見たけと間違いなく21時を過ぎていた。トキヤがこの時間にごはんを食べに行こうなんていうなんて。クリスマスの時だって一部は俺のお皿に帰って来たのに。
「おとやんも空いてたら一緒に言ってたから先にぼくちんが誘いに来たんだー」
「トキヤは? ていうかれいちゃん何食べてんの」
「休憩スペースで誰か知り合いと話し込んでてね、前通りかかったら呼び止められてさ。あ、その話してた人なんだけど目元がトッキーに似てたからもしかしたらお父さんだったりするのかな。翔たんとこもこの前お父さん来てたみたいだし?」
 言いながられいちゃんは青いラベルのついた透明なパッケージを差し出してきた。5cmぐらいの入れ物に飴がいっぱい入っている。
「おとやんはまだ舌がお子様だからな~この飴の美味しさが分かるかな~」
「あっこれ最近トキヤが流行らせてるってやつ?」
にやにや見てくるれいちゃんを見ながらひとつ口に入れてみる。すごい独特の味がする。ミントのガムよりもっと口の中がひんやりする。
「うえっ薬みたい。口の中がすーすーする」
「あーおとやんはやっぱりおとやんだなー。ハチミツ入ってるからそのうち甘くなるよ」
「トキヤってこんなのいつもなめてるの。でもトキヤの愛用品だし喉にはよさそう」
 楽屋の電気を消して歩きながらtwitterのアプリを開いて感想を書く。ついでに今日のみんなのツイートをさかのぼる。マサは7並べをしてて遅かったみたいだ。マサもこの飴食べたのかな。美味しかったのかなと思いながら遠くのほうで「おじさん」というぐらいの年齢の人と別れるトキヤを見かけた。
 こちらへ向かってくる「おじさん」とすれ違い様に顔を見たけどれいちゃんの言うとおり確かにトキヤと顔が似ていた。これがあの夜トキヤが喋っていたトキヤのお父さんなんだな。
「れいちゃんはここで待ってて。俺トキヤのとこ行ってくる」
トキヤが角を曲がったのを見てから俺は廊下をダッシュした。
「トーキヤ!」
後ろから走っていってトキヤの背中に勢いよくどんとぶつかる。トキヤは2,3歩ふらついてからこちらを振り返ってくる。
「何をするんですか危ない人ですね」
口では文句を言いながらいつになく嬉しそうで満足げな顔をしている。肩越しにトキヤの手に持った博多の住所が書かれた紙袋の中を覗き見る。中には本とか包装された袋とか色々入っていた。
「なんですかへらへらして気持ち悪い」
「トキヤがごはんなんて珍しいなって思って」
「外食はしませんよ……父が来ていまして、鍋のセットをもらいました。ひとりでは食べられませんから。父からも先輩の方やお友達と食べなさいと言ってまして」
「お友達」
「そこあえて復唱するところですか?」
口が滑ったのか妙に早口で言い返してくるトキヤが面白くて笑ってしまった。
「トキヤのごはん久しぶりだなー。駐車場のれいちゃんの車で待ってるから早くして!」
「わかりました」
 トキヤの声すごいはずんでる。嬉しかったんだろうな。今日の日記はこのトキヤとごはんのことについて書こう。

MP3プレイヤー、イヤホン、こわす

インターホンを押しても帰る声はない。電話に出る気配もない。寝ているのであれば良いが中で倒れてはいないだろうか。試しにドアノブを捻ってみるとそのまま開いた。いくら事務所寮といえど余りにも無用心だ。入ってすぐの所で液晶部分が割れて止まっているMP3プレイヤーとイヤホンが転がっていた。

かばー、やすい、みなおす

ついに音也が倒れたらしい。場所は事務所だったらしいが誰もいない自宅や現場ではなかった分よいのだろう。今日の生放送は翔が代役に入るようだった。トキヤは病人食とカレーの材料を携えて音也の部屋のインターホンを鳴らした。この程度の手間で音也の食生活と健康を見直せるなら安いものだろう。

ねむい、あかい、きらきら

トキヤのドラマ見たいんだけどトキヤんちのほうがテレビでかいからとまた音也がやってきた。そしてまた30分もしないうちに赤い頭が揺れ始めた。顔には疲労の色が強く浮かんでいる。自宅では眠れないのだろうか。
「トキヤはこんなにもきらきらしてるのにな」
と呟いていたことが気にかかる。

誕生日、パスタ、空腹

「そういえば結局マサの誕生日は何食べたの」
「和食だよ。さすがに料亭じゃないけど伝統と趣あるって店だよ」
「店選んだのレンだよね? レンが? 和食?」
「そんなに意外かい? ランちゃんが言うには聖川はパスタって顔じゃないしいくら空腹でも好物より美味いものはないってさ。だから和食だよ」

カレー、宅急便、雑誌

今日も音也がうちにいる。
「トキヤおかえり~。遅かったねえ宅急便届いてたから机の上においたよ」
目の前の音也は出会った頃とちっとも変わらない姿で笑いかけてくる。無邪気にカレー作ってなどと言ってくる。これは何の罰なのか。音也は私の代わりに雑誌の取材に行って死んだ。もう10年前のことだ。

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