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2014/1/27 劇団シャイニング(那月と翔)

書いたまま絶賛放置していた。

 夜公演を終えて毎日恒例の反省会をかねたお茶会も終わった。先輩2名は次の仕事に旅立って行き、那月はひとり楽屋に残っていた。今日はもうこれで仕事は終わりだったが、那月にはまだ帰れない事情が先ほどできてしまった。同じく夜公演を終えた翔から電話がかかってきたのだった。ここ最近は舞台で時間が合わないこともあって連絡ならメールが圧倒的に多かったが翔専用の着信音が鳴り響いて那月は慌てて電話を取った。
 ――この後仕事ないなら楽屋でいてくれないか? 聞いて欲しいことがあるんだ。
 電話は短く用件だけで終わった。いつも明るい翔の声は深刻そうな響きを隠しもっていた。なにか良くないことでもあったのだろうか。考えればキリがないが、今の那月に出来ることはお湯を沸かして翔の好きな茶葉を用意することぐらいだった。
 翔はそれから10分もしないうちにやってきた。控えめなノック音がして、那月は翔の名前を呼んで応答するもドアが開く気配はなかった。不思議に思って那月は少し扉を開けてみると前にはお気に入りの帽子をかぶって帰り支度も完璧な翔が立っていた。朝見かけた翔と変わらないが、表情が沈んでいて唇をかんでいる。考え事でもしているのだろうか。今もドアを開けた那月に気付いておらずうつむいている。
「翔ちゃん?」
「……あ、おう。お疲れ」
「お疲れ様。翔ちゃん何が飲みたい? ミルクティにする?」
「おう。ミルク多めにしてくれ」
 話しかけてようやく笑顔を見せたが今日は言葉少なめに翔は楽屋に来た時の定位置に座り込んだ。翔が「ミルク多めで」という時は大体疲れている時だ。那月はいつもより甘めに仕立て上げて翔の前に差し出した。那月は隣に座って横目に時々翔を見る。翔は両手でマグカップを持って息を吹きかけながら一口二口飲んで、ようやく重い口をようやく開いた。
「今日さ、音也と聖川の意見が珍しく合わなくって。あ、別に喧嘩じゃないからな? 舞台の今後とか進行とか展開とか、よくしていこうっていう上での、言い争いだよ」
 今日の翔はなんだか煮え切らなくて、言い訳のような雰囲気がする。那月は隣に座ったままで急がせずに「うん、それで?」と相槌を打つことに専念していた。
「まだ学生だった頃に俺もトキヤと衝突したなあっていうのとか、俺はあの場でどうすればよかったのかとか考えちまって。忍びは先輩いなくて俺音也真斗セシルってずっと一緒にやってきたやつらで、皆何が苦手で何が得意でっていうの大体分かってるだろ? 誰かの苦手な部分は誰かが補って、得意分野のことは任せちゃってるところがあるんだよ。
 聖川は時代劇経験が一番豊富だし実際詳しいし俺らやっぱり頼っちゃうんだよ。今日はそういうのに音也は引っかかったみたいで。『マサの言うことはだいたい正しいと思うよ。でも今回は俺、折れるつもりないから』ってさ。実際音也が言ってることも聖川が言ってることも分かる。間違ってない。でもどっちのほうがよりいいっていうのは言えなかった。判断も主張も出来なかった。情けないよな。ああいう時、レンとかトキヤだったらどういうんだろうな。那月んとこはそういうのあるか?」
 楽屋に常備されているクッキーの類のお菓子を薦めつつ那月はこれまでの公演を振り返る。
「僕のところは~……衝突とかはあんまりないかも、ですね。失敗するのは大体僕で、時々れいちゃん先輩がアドリブ入れすぎて進行が変になっちゃったりしますけど。そういう時はあいちゃんがれいちゃん先輩に怒られてますね。優しい先輩たちです」
 ステップを間違えた時も少しぶつかっても有能な先輩達はフォローに事欠かない。
 藍のダンスはいつも正確だし嶺二の「その日の観客席」を見てのアドリブ対応能力は見習うべきものだった。
「マサにかかる負担も軽くしてやりてえんだよな……。半分過ぎてまだこういうのかんがえてんのな。遅いよな」
「悩めばキリがありませんよ。後悔してもあと1ヶ月で終わっちゃうんですよね」
「悔いが残らないようにしないとな。おし、話聞いてくれてありがとな。那月に話してたら解決方法だいたい見つかってる気がする。お前すげえな」
「僕は翔ちゃんの話を聞いてるだけ。自分でちゃんと答え見つけてる翔ちゃんのほうがすごいよ」
「ラーメンでも食いにいくか」
「いいですねぇ~。僕今日はとんこつが食べたい気分です」
「俺はしょうゆかな。今日は俺のおごりだトッピングも好きに入れていいぞ」
「今日は真斗くんお気に入りの味玉が食べたいな。翔ちゃんがいつも行ってるお店がいいです」
「任せとけー」
 そういって立ち上がった翔の顔はいきいきしていて、楽屋へやってきた当初の暗い表情はどこかへ吹き飛んでいた。いつもの心強い元気を与える笑顔で那月の要望にこたえる。那月は翔の拠り所になれたことを嬉しく思いながら楽屋の外へ出た。廊下の空気はひんやりしていたがこころは暖かさで満ち足りていた。

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