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かつてHAYATO担だった22歳の話

ついカッとなってやった


 ほんとうに好きだったのに。
 好きだったから背中を向けないといけない人がいた。17歳のころだ。
 
 HAYATOと出会ったのは中学校の頃だった。猫みたいに元気に飛び跳ねていて、明るい声と笑顔、ちょっとドジなところがあった。
 おはやっほーニュースが毎朝の楽しみで、学校にいくのは憂鬱だったけどHAYATOがこれから登校出勤する人は今日も一日がんばっていってらっしゃいというから行けていたみたいなものだ。暗がりを照らす明かりで、障害物をものともしないで歩ける杖みたいな存在だった。

 なのにある日突然「HAYATOなど存在しない人物」だとニュースで駆け回った。
 HAYATOには双子の弟がいて、早乙女学園にアイドルの卵として通っていると、HAYATOが出ている番組に出演してそう言っていたのに。HAYATOがそう言うから信じていたのに。
 デマだと、そう思っていたけどやがて「一ノ瀬トキヤ」と、HAYATOとよく似ていて全く違う冷たい表情のあの「弟」が「報道は真実」だと認めた。
 元々存在しない人物、ドラマの登場人物と同じ作られた存在だったHAYATOは「引退報道」もなく一ノ瀬トキヤソロデビューの影となって消えていった。
 HAYATO繋がりで仲良くなった友人たちは一ノ瀬トキヤを応援すると言った子もこれからもHAYATOだけという子もいた。 トキヤもいいよという友達もいた。トキヤにはトキヤの事情があるんだよという子もいた。
私は皆まとめて切り離した。元々オンラインだけの繋がりだった。twitterとLINEをblockしてblogを非公開にすれば簡単なことだった。
 HAYATO一筋エントリも担降りしますエントリも見たけど真似するつもりは一切なかった。HAYATOはHAYATOとしてメッセージを残す間もなく世間から消えたんだ。だからHAYATO担だった私もそっと消えることを選んだ。

 そうして受験生となり、アイドルに目も向けなくなり大学進学と共に上京した。
 あっという間の4年間がすぎた。地元には帰らずそのまま都内で就職を決めて、社会人になった。
 今日は世界が動いた日で、特にイギリスとの仕事が関わっている部署なものだから下っ端といえどごたついた。解放されたのは22時を大きく回ってからだ。会社を出て新宿駅に向かっていると空からとても懐かしい、好きだった声が聞こえてきて思わず立ち止まってビジョンを見上げた。
 

 
 一ノ瀬トキヤがいた。



 5年ぶりにみるその姿は少々雰囲気は変わっているものの、やはり17歳の自分が恋した姿だった。
 世界がまるで優しくないと思ったあの日、HAYATOがいなくなったあの日、会見でみた一ノ瀬トキヤより優しい表情になっている。
 映像が消えてもそこからなかなか離れることが出来なかった。 
 帰りの電車に揺られながら音楽配信のページを開いて一ノ瀬トキヤ名義の曲のうち一番新しいものを購入した。聞き始めてサビまでたどり着かないうちに涙がこぼれ落ちてしょうがなかった。

 好きだったから許せなかったけど、この声が好きだった。

 今日は世界が変動した日だった。
 世間とはまるで関係ないところで、長く閉じられていた世界がひとつ開かれた。
  

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