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2013年12月上旬(那月と翔)

書いたまま放置していた

 今日もよく冷える。暖かいニット帽をかぶってきてよかった。ポンポンがついているのが可愛すぎないかと多少気になるが、耳あてがついているからひりひりするほど冷たくなることがない。でも寒いことには変わりなく、ダウンジャケットのポケットに手を突っ込んで時々ぶるっと肩を震わせた。
 これから何度となく通うことになる劇場へ続く並木道で、少し向こうの入口近くで見慣れた背中が見えた。あのコートは去年翔が見立てたコートだった。事実は事実として認めるが、那月は背が高くてスタイルも良いほうだから翔が着てみたくてもちょっと似合わないようなものでもすんなりと着こなす。なのに那月ひとりで服を買うというのは迷ってばかりで時間がかかることで、それがもどかしくて趣味をかねて翔が先導して服をセレクトするのも少なくはないことだった。
「おーい、那月ー!」
 翔が呼びかけると犬のような速度で那月は振り返った。翔の姿を見つけるとぶんぶんと手を振ってきて今にも走ってきそうだったから翔は少し歩調を速めて劇場入口までやってきた。
「翔ちゃん、おはよ。今日も寒いね」
「おはよー。これだけ寒いと布団から出るのめんどくさくなるな」
那月と顔をあわせたときはいつも近況報告で終始する。舞台の練習の進行状況やそれ以外の仕事の話、最近買ったものの話。時々は那月の淹れた紅茶つきで話し込むことはあるが最近はずっと立ち話だ。
「僕ね、ようやくれいちゃん先輩を振り回さないで綺麗にターンできるようになりました。翔ちゃんのおかげです」
「だろ。お前基礎はできてるからあとは力加減だ。……あ、音也だ。早いな」
 前方で大きく手を振っている赤毛が見える。まだ来たばかりなのかおんぷくんがついた鍵を握ったまま手を振っている。
「おはよー」
「音也くんおはようございます」
「2人ともおはよ! 今日は那月と翔がお揃いなんだね。いつかの俺とセシルみたい」
「ん?」
 那月の肩口から靴まで眺める翔の目に音也の言う「お揃い」は見つからず2度3度と往復する。腕時計や靴までまじまじと見るが自分と同じものは見当たらなかった。
「翔、どこ見てんの?」
「翔ちゃん、ほら見てください」
 那月は翔の前でかがんで見せた。目の前に映るのは暖かそうなニット帽だ。てっぺんにぽんぽんと耳当てがついていて、帽子と同じ色の編みこまれたフリンジが首元まで垂れ下がっている。可愛すぎないかとは思うが那月にはそれが妙に似合っている。そこまで観察した所で翔は自分の頭を触った。
「何で那月が俺様と同じ帽子かぶってるんだよ!」
 噛み付く翔の反応ににこにこしながら那月は立ちなおした。
「翔ちゃん何にも言わないから気づいてるんだって思ってました。この帽子おととい買ったんですよぉ。最近僕も撮影で帽子かぶることが多いから買っちゃいました」
 那月はその場で一周ターンしてみせた。回転より少し遅れてフリンジがついて回る。
「2人ともよく似合ってるよ!」
「翔ちゃんとっても可愛いです」
「釈然としねえけど……音也には礼言っとくけど、可愛いっていうな! 音也ほら練習行くぞ」
 翔は歩く速度を速めて楽屋へ向かった。背中に追いすがる那月の声は捨て置いたが帽子はかぶったままだった。


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