Entry

2014/1/19 音也とトキヤと嶺二

書いたまま忘れていた

 今日も無事に幕が下りた。雪が降りそうなぐらい寒い日だったのにお客さんがいっぱい来てくれてて嬉しい。それよりも気になったのは今日はマサの声がいつもより通ってる気がしたことだ。「幕が上がるまでは帰ってくる」なんて言って資料を持ってトキヤのところに行ってなかなか帰ってこなかったし。発声練習みたいなことでもどこかでしてたのかとか、今からでは確かめるのもちょっとどうかと思うようなことを考えながら帰る準備が終わった。今日はいつもより厚着をしたからいつもより時間がかかった。
 最後にボディバッグを引っ掛けて部屋を出ようとしたらノックする音がして続いてれいちゃんが顔を出した。
「おとや~ん、今晩ヒマ?」
「え、うん。もう帰ってテレビでも見て寝るだけだけどどうしたの?」
「それがさあ、聞いて驚くことなかれ! トッキーがご飯に誘ってくれたんだよ!」
「えっ」
 思わず時計を見たけど間違いなく21時を過ぎていた。トキヤがこの時間にごはんを食べに行こうなんていうなんて。クリスマスの時だってせっかくよそってあげたのに一部は俺のお皿に帰って来たのに。いつもご飯食べに行こうっていってもそっけなく断ってくるのに。
「それ本当にトキヤだった? だってもうこんな時間だよ?」
「ちょっとおとやんそんな大きい声で! トッキーが聞いてたらどうすんの! おとやんもこの後空いてたら一緒に言ってたから先にぼくちんが誘いに来たんだー」
「トキヤは? ていうかれいちゃん何食べてんの」
「休憩スペースで誰か知り合いと話し込んでてね、前通りかかったら呼び止められてさ。あ、その話してた人なんだけど目元がトッキーに似てたからもしかしたらお父さんだったりするかもね。翔たんとこもこの前お父さん来てたみたいだし?」
 言いながられいちゃんは青いラベルのついた透明なパッケージを差し出してきた。5cmぐらいの入れ物に飴がいっぱい入っている。
「おとやんはまだ舌がお子様だからな~この飴の美味しさが分かるかな~」
「あっこれ最近トキヤが流行らせてるってやつ?」
 にやにや見てくるれいちゃんを見ながらひとつ口に入れてみる。あまり食べたことないようなすごく独特の味がする。ミントのガムよりもっと口の中がひんやりする。
「うえっ薬みたい。口の中がすーすーする」
「あーあー、おとやんはやっぱりおとやんだなー。ハチミツ入ってるからそのうち甘くなるよ」
「トキヤってこんなのいつもなめてるの……? でもトキヤの愛用品だし喉にはよさそうだと思うんだけど」
 楽屋の電気を消して歩きながらtwitterのアプリを開いて感想を書く。ついでに今日のみんなのツイートをさかのぼる。マサは7並べをしてて遅かったみたいだ。マサもこの飴食べたのかな。美味しかったのかなと思いながら遠くのほうで「おじさん」というぐらいの年齢の人と別れるトキヤを見かけた。
 こちらへ向かってくる「おじさん」とすれ違い様に顔を見たけどれいちゃんの言うとおり確かにトキヤと顔が似ていた。これがあの夜トキヤが喋っていた本好きのお父さんなんだな。
「れいちゃんはここで待ってて。俺トキヤのとこ行ってくる」
トキヤが角を曲がったのを見てから俺は廊下をダッシュした。
「トーキヤ!」
後ろから走っていってトキヤの背中に勢いよくどんとぶつかる。トキヤは2,3歩ふらついてからこちらを振り返ってくる。
「何をするんですか危ない人ですね」
口ではいつもどおりの文句を言いながらいつになく嬉しそうで満足げな顔をしている。肩越しにトキヤの手に持った博多の住所が書かれた紙袋の中を覗き見る。中には本とか包装された袋とか色々入っていた。差し入れかな。
「なんですかへらへらして気持ち悪い」
「トキヤがごはんなんて珍しいなって思って」
「外食はしませんよ……父が来ていまして、寿さんとあなたがさっきすれ違った人です。鍋のセットをもらいました。ひとりで食べられる量ではありませんし、父からも先輩の方やお友達と食べなさいと言ってまして」
「お友達」
「……そこあえて復唱するところですか?」
 妙に早口で言い返してくるトキヤが面白くて笑ってしまった。それにトキヤが俺のことを「友達」扱いしてくれるのはあんまりないことだから嬉しい。
「トキヤのごはん久しぶりだなー。駐車場のれいちゃんの車で待ってるから早く準備しておいでよ」
「言われないでももうほとんど終わっています。先に行っててください」
 普段どおりを取り繕っているけど今にも鼻歌を歌いだしそうなぐらい声がすごく弾んでいる。トキヤが嬉しそうでよかった。今日の日記はこれにしよう。

Pagination