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面白かったとか共感したとかうっかり言えない怒りを感じる本だった。
主人公の井沢釈華は生まれながらの難病で筋組織の形態が異常だった。具体的には背骨が右肺を押しつぶす形で湾曲している。40を過ぎた今は両親が残したグループホームで暮らしている。働かなくても食べていけるだけのお金はあるが、時にこたつライターをやり、R18の小説を書き、大学生もやっている。
釈華のライター仕事である風俗店体験レポで始まる本作は100ページにも満たないとても短い物語だ。生々しい重度障碍者1の生活の描写と怒りの色が見える物語は突然に幕が切れた。

厚みが3、4センチはある本を両手で押さえて没頭する読書は、ほかのどんな行為よりも背骨に負荷をかける。私は紙の本を憎んでいた。目が見えること、本が持てること、ページがめくれること、読書姿勢が保てること、書店へ自由に買いに行けること、----5つの健常性を満たすことを要求する読書文化のマチズモを憎んでいた。その特権性に気づかない「本好き」たちの無知な傲慢さを憎んでいた。

(P27)
  1. 市川さんが人工呼吸器や気管カニューレを使っているまさに当事者だ []

桜庭一樹の私小説。
「少女を埋める」は去年話題になった作品だ。いい意味で話題になっていたのではなく、朝日新聞で「誤読もしくは独自の解釈」が「あらすじ」として書評が掲載されていたからだ。
「少女を埋める」のこと | colorful

わたしが読んだのはこの件を受けて少女を埋める|桜庭一樹|noteで公開されていた3分の2の部分で、全部読んだのはこれが初めてだが驚くほど重い内容だった。3分の1??? 加筆されたのではなく??? と読み終わってあれこれ見ていて思った。文体がヘビーなのではない(そこは桜庭さんの読書日記とほとんど変わらない)内容だ。
これまで長く(20年弱)著作を読んできた作家の生い立ち、プライベート、久々の帰省に7年ぶりの母との再会、父の死、去年起きた嵐のような一件の顛末について丁寧に語られるのだ。

「少女を埋める」
2021年2月、7年ぶりに聞く母からの電話で父がもう余命僅かであることを知った冬子は、東京から感染非拡大地域の地方へ行くことに葛藤もあったが、PCR検査で陰性を確認した後鳥取へ向かう。父はまもなく息を引き取り母と2人で葬儀をあげる。
地方で生まれて育つということ、家父長制、共同体、毒親という単語ではあまりにインスタントで不適切ではないのかと思うけど読んだだけで希死念慮を抱かせるような文章を送ってくるのは……と思いながら読んだ。

赤朽葉家の伝説が鳥取で書かれた理由、ファミリーポートレイトに関する背景、私の男のテーマの出元についても語られている。

「キメラ」
2021年8月。
「少女を埋める」を発表後、「母が老老介護の中で父を虐待した」という誤読もしくは独自解釈があらすじとして朝日新聞で掲載された。故郷鳥取でも多くの家庭で購読されている。そして高齢者は、母と同世代で周りにいる人々はNHKと朝日新聞のいうことを信じやすく小さな町での噂話の伝播速度はすさまじい。
冬子は母の名誉を守るために手を尽くす。

GOSICKの新シリーズは久城とヴィクトリカの間には一人娘がいた世界線があった(完成版には残っていない)ことを知る。東京ディストピア日記が2020年1月〜2021年1月のコロナ禍の東京や世界の模様なら、キメラは2021年夏の「少女を埋める」をめぐる模様だ。評論や渦中にあった冬子の心情、件の書評を書いたC氏はなぜそう書いたのだろうと考え、その時の生活について語られている。

「夏の終わり」
キメラよりさらに後。2021年9月〜10月。
読書日記で「らったったと鳥取へ帰る」と書いたが本当は父が倒れたと連絡を受けて駆け付けたのだと書かれていてひっくり返る。私が桜庭さんのご両親について「ちょっとだけ知っている人のご両親」のように感じているのは読書日記1冊目では割とよくでてきたからだ。転ばないようにいきなさいという母、飼い犬と娘を間違えて呼ぶ父。

すごい本を読んだな、という感じだ。
印象強く残っているのは冬子が実家を訪れることに対して強い拒絶を示す母だ。40代後半の娘をもつ女性はおそらく80に手が届くぐらいの年齢ではないかと思われる。困ることが何もないとはちょっと思えないが、それを上回って冬子を、実子を家に入れるがそんなにも嫌う何かがあるのだ、と思う。そしてそれはここ数年の話ではなく、赤朽葉家の伝説が書かれた2006年のころには始まっていたようだった。「家にはこないでね」と、1行2行ほどで語られるそのことのバックグラウンドがどれほどものか想像もつかない。

『神神化身』という女性向け楽曲×小説コンテンツの小説。
小説担当の斜線堂有紀さんが割とRTされていたお詫び画像新規という世にも珍しい入り方をしてしまった。なんか新しいコンテンツに触れたかったのだ。

ニコ動のところやTwitterにあがっている小説は形式が読みにくかったし音楽はぴんと来なかったので、「アイマスガチ勢の斜線堂有紀が描く女性向け(アイドル)作品」に興味があって唯一あった1冊にまとまっている小説を読んでみることにした。

カミと呼ばれる存在へ覡(げき)と呼ばれる神職が舞奏(まいかなず)と呼ばれる歌舞音曲を奉納し平穏を祈ったり本願成就を願ったりする世界。現代の舞奏は奉納という体で一種のエンタメとして定着しており、3人組が望ましいとされている。

本作はノベライズとかそういうのではなく本編? ちらっと見た公式サイトに載っていた3人組ユニットが生まれるより前の物語でした(あとがきでも連載中の小説では明かされてない過去編ですという記述があります)。
伝奇小説です。個人的には伝奇小説という響きになじみがないんですが、自分になじみがあるものでいえば「現代風異能ファンタジー」もしくは「絵馬に願ひを」の曲が披露されたSound Horizon Arround 15周年祝賀祭みたいな設定だなと思いました。

ニコニコ動画とYouTubeに投稿されたミュージックビデオの再生数とコメント数の合計値でチームの勝敗を決定するユーザー参加型評定システムです。『神神化身』においては、動画再生を「拝観」、コメントを「拍手」と呼称し、観囃子(ファン)による拝観と拍手を募るといった趣旨で実施します。

この辺。要するに全員がプレミアム大神1っていうことやんと思った

本作ではそこまでは描かれず、負けなしの探偵が探偵を辞めるまで、小説家がカミと出会って音楽を作ってヒットチャートを席巻してそれから。浪磯(ろういそ)で育った幼馴染3人組の出会いと別れと再集結と、世界について。

オンラインで読める小説やyoutubeで聞ける音楽よりはどういう世界観の物語なのかはわかりやすかった。とりあえず来月刊行される何かも電子書籍が来たら読んでみようかと思います。

  1. 大神=観客のこと。プレミアム大神は前列に座っている高額チケットを買った人で配布された機器で投票することで公演のセットリストの行方を左右する権力を握っている。生殺与奪の権利とも呼ばれた。 []

読んでから「デビュー作」ということを知った。

大手法律事務所で弁護士として働いている剣持麗子は金の亡者の業突く張りだった。
世間平均並の40万強の結婚指輪はこんな安物を渡すなんてどういうつもりと切って捨て、ボーナスを減額告知をされその場で退職の意を伝えた。慰留はされたがどちらにせよしばらく仕事は休もう決めた麗子は携帯電話の連絡先を見て、3か月ほど付き合った元彼、森川栄治に連絡した。しかし帰ってきたのは「栄治は先日この世を去った」というメールだった。
その後麗子はゼミの後輩であり栄治とも親交が深かった篠田と連絡をとり、栄治が実は製薬会社の御曹司だったことや「遺産は自分を殺した犯人に譲る」と奇妙な遺言状を残していたことを知る。

篠田は麗子にこう話を持ち出した。
「栄治の死因はインフルエンザだといわれているけど、自分が栄治と会った時インフルエンザ治癒後だった。どうだろう僕は栄治を殺した犯人になりえないだろうか」
自分の代理人になってこの件を調べてくれないか謝礼なら出すと言われたが、無効になるかもしれない遺言状、遺留分を除いた遺産とそこから麗子が得られる金額、今後の自分につくイメージから一度は断った。
しかしよくよく調べてみればこの件がうまくいけば自分に転がり込む金額は150億。最初に想定していた金額の10倍以上だ。麗子は篠田の代理人として森川家主催の犯人選考会に参加することを決めた。

さくさく読んだ。
地の文少なめ(会話多めというわけではない)で物語のサイズの割に登場人物が多いがキャラクターはわかりやすい。

海と山に囲まれ温泉もある温暖な餅湯町は関東近郊から客が来るリゾート地だ。団体旅行が減って久しい今旅館・観光業を営む親たちはため息をつき、土産物屋を営む怜の家も似たようなものだ。
高校生の日常を書いた物語だ。高校生は日常が青春だと読んでいて思う。屋上でお弁当を食べたり修学旅行へ行ったり友達カップルがいちゃついているところを見、ある日は留年がかかった友達に勉強を教え、進路に悩み、家業を手伝う。
穏やかな日常にも時々事件が起こり、それも管理がとてもザルな餅湯博物館から縄文土器が盗まれるというものだ。
怜には母親がふたり父不在で、2つの家を行ったり来たりしている複雑そうな家庭環境があるものの、重くなりすぎず「平凡な日常」が続いている。

「普通の人生」を書いたら多分こうなるのだ。ドラマチックさはかけらもないが毎日同じ日が続くわけでもなく、大小なり事件があって、それでも日常が続いていく。

DV夫が離婚後も金の無心に来る。食費だろうが何だろうが、千鶴を殴ってでもありったけの金を持ち逃げする。夜逃げ同然で引っ越しても半月もしない間に弥一は千鶴の前に現れた。
夜勤のパン工場で働き、食べ放題のパンで食をつなぎ、それでも生活していくにはお金が必要だから千鶴はラジオの企画に夏休みの思い出を投稿し、それが採用された。母との最後の思い出は5万円と引き換えにコンテンツになった。
でもそれが千鶴の転機となる。小1の時にいなくなった母聖子を「ママ」と慕う恵真に連れられ「さざめきハイツ」で暮らすことになった。聖子は若年性認知症を患っており、さざめきハイツにはほかにも娘に捨てられた彩子が聖子の周りの家事をしていた。
さざめきハイツにはいろんな「母娘風の組み合わせ」がありながらも、「普通の母娘」の関係が築けなかった人間しか住んでいない。

ちょっとあまりにすごい本で吸引力が強すぎて明日仕事だけど読み終わるまで首根っこをつかまれてるみたいな本だった。強い。

どうしようもないほど嬉しかった。いまやっとはじまった私の新しい人生を、すべてが祝ってくれている。私はあの日、たくさんの人に祝福されて生まれた。千鶴がそうしてくれたのだ。
 あれ以上の、幸福はない。あれからどんなことがあっても、どれだけ辛くても、思い出すだけで何度だって救われる思い出になった。いままでも、そしてこれからも。私の生きてきた愛しい思い出たちの中で、いっとう輝くうつくしい星。

(P287)

視点を変えて短編形式で物語が進む。車内でチャラ男と呼ばれているあの男「三芳部長」周囲の人々のお仕事小説。
私が語りはじめた彼はと違うのは三芳部長はめっちゃ喋るし、なんならチャラ男視点の章もある。

彼らは「ジョルジュさん」と呼ばれる小規模な食品会社に勤めている。人員不足でフラストレーションをためている社員もいれば、「ここで長居をするつもりはないと思っているがなかなか見切りをつけられないでいる」社員もいる。雰囲気はよろしくない会社で、ドストレートな男尊女卑をぶつけてくるところもある。

問題を抱えて悩んだり、体調崩したところで絶対面倒なんかみないくせに。やめるならぎりぎりまで働けと思っているくせに。何を言うかチャラ男。
支配したいだけなんだろ。あなたがしたいことは、出世でも金儲けでもない。

(P113)

AさんはBさんのことをこういう風に言ってたけど、Cさん視点から見るBさん、というのはキモがひゅっと縮まるものがあったな。特に池田かな子さん←→伊藤雪菜さん。伊藤さん周りはしんどい。どこまでも現実の「仕事」を小説にした本だった。

死んでも推します!! ~人生二度目の公爵令嬢、今度は男装騎士になって最推し婚約者をお救いします~ (Kラノベブックス f) 単行本(ソフトカバー) ? 2021/6/2

「小説家になろう!」連載作品でオンラインでは完結済、書籍化の1冊目で全3巻予定。
【書籍化】死んでも推します!!〜人生二度目の公爵令嬢、今度は男装騎士になって最推し婚約者をお救いします〜

公爵令嬢セレーナは婚約者のフィニスのガチ勢だった。帝国最強の辺境の騎士団、黒狼騎士団団長のフィニスのことは肖像画でしか知らない。でも肖像画を見た瞬間天使に祝福されたような、圧倒的な「好き」の圧力の前にひれ伏した。
この感情は萌えであると、私の婚約者は圧倒的に推せる存在であると、肖像画から得られるささやかな情報から考察し、解釈し推しへの愛と推しを讃える語彙をはぐくんだ。

そして10歳だった初対面(※肖像画)から6年後、フィニスとセレーナは戴冠と婚姻のため「楽園」への移動中の夜、白い炎に包まれて命を落とした。そしてきがつけば前世の記憶を保ったまま二度目の人生が赤子からスタートしていた。
そしてセレーナは決めた。今度の生では貴婦人ではなくフィニスを守る騎士を目指す。願いはただひとつ「推しには健康で長生きしてほしい」

そうして黒狼騎士団の門をたたいた男装騎士セレーナ1 は入団試験としてフィニスとの一戦交え、同じくフィニスガチ勢のザクトと一戦交え(※料理対決)同担の友情をはぐくみ、1秒ごとに更新されるフィニスの新規映像に喜び悶え萌え気絶をしている。

基本的にコメディガン寄せである。最推しを前にして語彙力が死んでいるように見せて実はめっちゃ讃えているフィニスガチ勢(1巻では3人出てくる)は大体面白い。でもラブコメ一辺倒というわけでもなく辺境の騎士団は生還率が低く、ラブコメの気配に隠されがちだが死の気配もまた漂っている。

「そう。ザクトだけではなく、騎士団員はみな、わたしのためになら死んでもいいと思っている。わたしはそれを知っているし、いつか彼らを死地に追いやる」
(略)
「わたしの役割は、皆をうっとり死なせることだ。わたしは皆の旗印。わたしが正しく生きるのも、美しくあろうとするのも、強くあろうとするのも、何もかもが彼らの美しい死のためだ」

(P172)

挿絵がいい仕事をしていて……普通に一推しなのは髪を下ろしたフィニス様なんだけど、あんな子供が書いたぬりかべか豆腐みたいな体形でいい関節をしている四番様を推さないわけにもいかない。

剣術対決・料理対決・湯煙旅情編・接待ヤキュウの1巻です。3巻はガチガチのガチで戦争するので、ラブコメ展開からのガチ戦争のギャップに振り落とされる第3部を再体験したいのであと2冊刊行されますように。

  1. ただの鉄の剣を振り回せる筋肉質の体で暗器も仕込んでいる []

貴瑚(きこ、あだ名はキナコ)は東京から大分の漁師町にある亡祖母の家へ逃げるようにして引っ越してきた。役場の歓迎ムードとは裏腹に無職のキナコに田舎の閉鎖的な空気は厳しい。わけありそうな雰囲気、働かずとも金銭面に不自由していなさそう、憶測が憶測を呼んで「あいつは風俗嬢だ」と根も葉もない噂が流れて時折突っかかってくる住人がいた。

ある雨の日、かつて包丁が刺さったもう治ったはずの傷が強く痛みうずくまっているところを子供が通りかかった。なんとか足止めして家に連れ帰り、一緒にお風呂に入ろうと服を脱がすと肋骨の浮いた薄いからだと、明らかに虐待によってつけられた多くの傷が現れた。女の子だと思った子供は男の子で、口がきけなかった。

2021年本屋大賞受賞作。
去年の本屋大賞受賞作「流浪の月」とは多少似たところがある。本作の2人、キナコとのちに52と呼ばれる少年が抱えているものは傷だ。傷つけられ奪われ愛されなかった過去を背負っている。キナコが寂しくて狂いそうなときに聞「52ヘルツのクジラ」の鳴き声を52に聞かせると全身を振わせて泣いていた。52ヘルツの鳴き声は周波数が違うから同族のクジラには届かない。近くに群れがいたとしても気づかれない世界で最も孤独な周波数だ。
キナコの52ヘルツの鳴き声を受け止めてくれた人がかつていた。今はもういない人だ。

生きづらさ、虐待、ヤングケアラーと、物語は進むにつれ深度を下げていく。何とか生きてきたバックグラウンドがかなりしんどいものだ。軽さは微塵もないが、物語に引き込む力がすごい。著者略歴を読んだら「女のためのR-18文学賞」大賞でデビューとなっていて、そりゃあわたし好きだなと思った。宮木あや子、豊島ミホ、窪美澄、山内マリコと「決して明るい物語ではないのに物語の引力がすさまじい作品」を書く人がよく生まれてくる賞と思っている。良いものを読んだ。

凄いものを読んだ、というのがまず思う感想。
色んな種類の物語が読めるので読後感はアンソロジーに近い。
不妊に悩む女性とコンビニで出会った男子中学生の話「ネオンテトラ」
コメディに振った「魔王の帰還」
膝を打つしかないミステリ「ピクニック」
兄を殺された女性と受刑者男性の書簡体小説「花うた」
うらぶれた男性教師とLGBTの娘(心の性別は男)の話「愛を適量」
高校時代の後輩から「葬式に来てくれないか」と連絡がきた話「式日」

どれも読んでいくと「えっそうなるんだ?」という展開をする。安直に「泣ける話」「ほっこりする話」と言うのでもなく、かといって分かりやすい絶望の物語でもない。さじ加減が絶妙で共通点は家族という小さい単位での物語。
発売前からすごい勢いで推されていて、なんだ? なんだ?? そんな面白いのか??と思っていたけど高め期待値のハードルぽーーんと飛んで行った。
近作では「つないで」が好きなんです。講演で向かった先の広島で大雨特別警報が発令される災害にぶち当たったテレビ局所属報道畑の2人が「この非常用電源が落ちたら県下120万世帯のテレビへ映像を届けることができなくなる」緊迫した状況下で間髪いれぬやり取りをするところとか好きで、活動の幅が広がったら読めるジャンルの幅も増えるから見つかってくれてとてもうれしい。

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