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2014年01月

寝落ち、目覚まし、毛布

「それで昨日の翔は寝落ち?」
楽屋でストレッチをしながら音也は鏡の前の翔に聞いた。
「いやちゃんとベッドの上。毛布かぶってたし」
「薄着で寝ていては風邪を引くぞ。夜中に目が覚めたのではないか」
「目は覚めなかったけど目覚ましは忘れてた。那月から朝電話があってちょうどよかったぜ」

料亭一ノ瀬

「聖川さんが美味しそうなエビをもってきてくださったので揚げてみました。どうぞ、小エビのフリッターです」
「トキヤが揚げ物なんてどうしたのうまそう……」
「どうしたんですか聖川さん」
「フリッターとはなんだ。これは天ぷらのように見えるがそうではないのか」

タクシー、サングラス、メーター

「今日は降りたら桜通口からタクシーな」
車内にはまもなく到着のアナウンスが流れている。寝起きの翔ちゃんは帽子をかぶって似合わないサングラスをかけながら慌しく降りる準備をしている。
「この時間メーター早いけどいいの?」
「俺様を誰だと思ってんだ」
「同期に怒られるアイドル様」
「ぐっ」

1/27の音也の続き

――先日はもしや皆に心配をかけてしまったのではないだろうか。俺と一十木は何事もない。いつも通りだ。いや、少し変わったのだろうか。俺と一十木は長い付き合いになるが、今まで何かを議論することはなかった。そもそも同年代とひとつのことに対して真摯に意見を交わすこと機会などそうなかったな。少し新しい世界が見えた気分だ。一十木のことも少し踏み込んで知ることが出来た。仲間というものは良いものだ。皆風邪を引かぬよう。ではな。

*****

「この前、聖川さんとどこへ行ってたんですか?」
 W1の今日のごはん収録待ちのころにトキヤが話しかけてきた。この時間はだいたいいつも今日の手順を確認しているからトキヤからっていうのは珍しい。
「鍋だよ。一十木は野菜が不足しているからたくさん野菜が食べられる鍋にしよう、ってさ。トキヤみたい。トキヤも来たかった?」
試しに聞いてみると少し考える間があった。トキヤとマサは仲がいいし食べに行ったら何時間も話し込んでるし、行きたかったですねという答えが返ってくるもんだと思っていたら違った。
「割って入るほど無粋ではありませんよ。聖川さんと私は好みが似た所がありますからね気になる所も似ているんでしょう。放っておけば翔や愛島さんと一緒にラーメンばっかり食べる音也がチームの最年長としては気になるんでしょうね。そういえば……ついでにあの日の音也の発言で気になったことがあるですが」
 なんだかトキヤの説教スイッチを入れてしまった気がする。俺はとりあえずスマホを触るのをやめて、まっすぐトキヤを見て「ちゃんと話を聞いています」という姿勢をとる。
「あなたは自分の気持ちに整理をつけるつもりで呟いたかもしれません。でもあれでは悪い言い方になりますが、ファンを味方につけて聖川さんが許さざる環境を作った、ととれてしまいますよ」
 トキヤの言葉に俺は思わず立ち上がる。硬い表情になっているかもしれない。それでも言わざるをえなかった。
「俺とマサは確かに言い争いになったけどそんなことはやってないし俺考えてもないよ!」
「そんなことは百も承知ですから座りなさい。あなたは見られているという意識が足りていません。この世界は甘くないのです。誰が見ていて何をつけこまれるか分かったものではないのですよ」
渋々座りながらトキヤの話を聞く。でも不思議だ。今日のトキヤは機嫌がいいのかな。雰囲気が相変わらず不思議なまでにやわらかい。
「……素直な所は音也の数少ない良いところですが、そういった行動は遠からずあなたの評価を下げます。言いたくても我慢しなさい。どうしても言いたいのなら私かレンに言いなさい」
「なんだか今日のトキヤ優しすぎて不気味なんだけど、何かいい事でもあったの」
「……あなた本当に失礼な人ですね」
台本に手を伸ばしもういいですとばかりに話を打ち切る。俺は思わずトキヤに詰め寄って顔の前で手を合わせて頭を下げる。
「ごめんったらトキヤーー」
その後のトキヤは収録のとき以外はつーんとして口も聞いてくれなかった。

ゲーム、昼寝、荷物

「ダウト」
レンの声が朗々と響く。顔を上げると唇を吊り上げてにこにこしながら翔を見ている。多大な負債を抱えることになり思わず顔が引きつった。この枚数をどう処理しろというのか。
「翔、あなたはもっと隠す努力をしてください」
「うっせえな」
「ランちゃんが起きちゃうよ? 静かにしないとね」

1/27の音也が非常に爆弾だったんだったので。

 夜公演を終えて反省会をかねたお茶会も終わった。先輩2名は次の仕事に旅立って行き那月はひとり楽屋に残っていた。この後はもう帰って寝るだけだ。それでもまだ帰らないのはさっき翔から1通メールが届いていたことによる。
――この後仕事ないなら楽屋でいてくれないか?
翔が那月たちの楽屋に来るのはなんら珍しいことではない。むしろこんな風にメールが来るほうが珍しい。なにか良くないことでもあったのだろうか。今の那月に出来ることはお湯を沸かして翔の好きな茶葉を用意することぐらいだった。
 翔はそれから10分もしないうちにやってきた。ノック音がまずして、応答するもドアが開く気配はなかった。不思議に思って那月は外を窺いに行くと帰り支度はもう終わらせてお気に入りの帽子もかぶった翔が立っていた。朝見かけた翔と変わらないが、ひとつ、表情が沈んでいて今もドアを開けた那月に気付いておらずうつむいている。
「翔ちゃん?」
「あ、おう。お疲れ」
「お疲れ様。翔ちゃん何が飲みたい? ミルクティにする?」
「ミルク多めにしてくれ」
話しかけてようやく笑顔を見せたが今日は言葉少なめに翔は楽屋に来た時の定位置に座り込んだ。翔が「ミルク多めで」という時は大体疲れている時だ。那月はいつもより甘めに仕立て上げて翔の前に差し出した。
両手でマグカップを持って息を吹きかけながら一口二口飲んで、翔は重い口をようやく開いた。
「今日さ、音也と聖川の意見が珍しく合わなくって。どっちも自分が正しいからって引かなくて。あ、別に喧嘩じゃないからな? 舞台の今後とか進行とか展開とか、よくしていこうっていう上での、言い争いだ」
なんだかいつもより煮え切らなくて、言い訳のような雰囲気がする。那月は隣に座ったままで急がせずに「うん、それで?」と相槌を打つことに専念していた。
「まだ学生だった頃に俺もトキヤと衝突したなあっていうのとか、俺はあの場でどうすればよかったのかとか考えちまって。実際音也が言ってることも聖川が言ってることも分かる。間違ってない。でもどっちのほうがよりいいっていうのは言えなかった。ああいう時、レンとかトキヤだったらどういうんだろうな。那月んとこはそういうのあるか?」
楽屋に常備されているクッキーの類のお菓子を薦めつつ那月はこれまでの公演を振り返る。
「僕のところは~……衝突とかはあんまりないかも、ですね。失敗するのは大体僕で、時々れいちゃん先輩がアドリブ入れすぎて足りなくなっちゃったりしますけど。そういう時はあいちゃんがれいちゃん先輩に指導されてますね。優しい先輩たちです」
ステップを間違えた時も少しぶつかっても有能な先輩達はフォローに事欠かない。
「忍者は皆似た年代ばかりだからマサにかかる負担も軽くしてやりてえんだよな……。半分過ぎてまだこういうのかんがえてんのな。遅いよな」
「悩めばキリがありませんよ。後悔してもあと1ヶ月で終わっちゃうんですよね」
「悔いが残らないようにしないとな。おし、話聞いてくれてありがとな。ラーメンでも食いにいくか」
「いいですねぇ~。僕今日はとんこつが食べたい気分です」
「俺はしょうゆかな。今日は俺のおごりだトッピングも好きに入れていいぞ」

ミュージカル、チケット、ファイル

「公演もあと半分だねー」
「そんなことはいいからあたしの翔ちゃんコレクションを見てほしい」
「またファイルが違う」
「4冊目」
「えっ」
「4冊目。この前隣の席の赤い子と写真いっぱい交換してもらった。そっちも半券入れ凄いことになってんね」
「なっちゃん日によってダンスのステップが違うんだよ」

封筒、万年筆、文庫本

必需品、ですか。文庫本は必ず数冊入れています。仕事が一段落したときに読みます。今持っているのはカミュさんオススメのサスペンスです。あとはそうですね、いつでも手紙が書けるように便箋と封筒、万年筆を入れています。温故知新ロケでいただいたもので聖川さんとお揃いで気に入っています。

セール、カード、さいふ

「今日は僕がおごりますっていったのにごめんね」
「別にいいよ。セールで服色々買わせたしな。つかああいう小さい店じゃカード使えないから気をつけろよ」
「はーい。でも今日は翔ちゃんが音也くんとかと食べてるラーメンが食べられて嬉しかったです。美味しそうだなっていつも思ってたんですよ」

はなづまり、はちみつ、もうふ

鼻が詰まってすっかり声が変わってしまった。予防にあれほど飴を配って自分が風邪を引いてしまっては意味がない。毛布から手を伸ばして枕元のポカリを取って、ぼんやりと加湿器から上がっている蒸気を眺める。加湿器の音しかしない部屋は静かだ。先程まで音也と真斗がいた分余計に心細くなる。

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