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Category: 即興小説/ワンライ

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負 「夢の中で」「交差点」「カンカンカン」

 昨日すごい夢を見たんです、と那月は少し疲れた顔をして言った。Tシャツの背中の部分が汗で貼りついている。
 ST☆RISHツアースタートが近づいている。初日は7月大阪城ホールだ。ずっと関東での公演のみだったがはじめてのツアーで決めることも覚えることも増えてあわただしい日々が続いていた。
「もうずっと追いかけられている夢を見てて、もう駄目だーっていうときにピヨちゃんが降ってきて、僕の後ろを追いかけてた何だかよく忘れましたけど、それをぷちって潰してました」
 那月はダンスを覚えるのがそんなに早いほうではない。お前はやればできるんだからやれよ、ということで那月との仕事が終わった後そのまま翔も一緒にスタジオにやってきた。シャイニング事務所持ちのスタジオがあるということはしみじみありがたいことだなと思う。練習場所を考えなくてもここに来ればいいのだ。体格はまるで違うが動きぐらいなら翔が実演することだってできる。練習用のDVDをおいて確認していく。
今日の練習はまだこの後あるからあまりやりすぎてはいけない、と壁にもたれかかって休憩タイムに入って那月が話し始めたのが今だ。
「どんだけ追い詰められてるんだよ。ツアーはまだはじまってもないし今年はついに揃ってカウコンだって出られるんだぜ? 去年は寿先輩と黒崎先輩が出てるのをテレビで見るだけだったけどさあ」
「でもね、そのピヨちゃん中から翔ちゃんが出てきたんです。夢の中でも翔ちゃんはかわいいスーパーマンでしたよ」
かわいい、といわれて翔は思わずタオルを握る手に力が入る。
「うるせえ可愛いって言うな褒めたいならかっこいいスーパーマンって言え」
「だって可愛いピヨちゃんの中から翔ちゃんが出てきたらそれは可愛いって思うんだけど。翔ちゃんはどんな夢見る? 僕が出てきたりとかしない?」
「夢なあ……」
 聞かれて翔は最近の夜を思い起こす。ここ最近は熟睡してしまって、夢そのものは見ているのかもしれないが起きるまでその夢を覚えていることがなかった。
「最近はあんま夢見た! っていうのは覚えてないけどデビューしたての頃は俺だけ行き止まりの夢をよく見たなあ……」
 早乙女学園在学中に鳴り物入りでデビューしてうたプリアワードを獲得してとんとん拍子でステージを進んでいったST☆RISHだったが、翔は他のメンバーほど天性の才能を持ち合わせているわけではなかった。「親しみやすい翔ちゃん」が人気の理由だが、周りと比べて不足を感じないわけはない。
「7人揃って歩いてて、交差点が見えてきて、踏み切りじゃないはずなのに俺にだけ遮断機が下りてきて、皆は普通に歩いていってるのに俺だけそこで止まってるんだ。待っても遮断機は全然あがらなくて、名前を呼んでも音がうるさくて誰も振り返らなくて」
 昔は不安なことがあったら入院していたころの夢を見ていたのに、そういえばいつからかあの夢は見なくなった。代わりに見るようになったのがこの夢だった。なまじ繰り返し見るものだから「この前の続きだ」などと思ってしまうこともあった。
「翔ちゃん僕の名前もちゃんと呼んでくれました?」
夢の中の話だというの那月は若干不満そうな顔をしている。
「お前なんか隣歩いてたはずなのに一番最初に追い抜いていったっつうの」
「今度はもっとちゃんと呼んでください。走って戻って踏み切りぐらい僕が持ち上げますよ」
「いらねえよ。もうあの夢見てねえから。覚悟が出来たって事じゃねえの? この世界で勝ち上がって、7人そろってトップアイドルを目指すぞ。その手始めがこのツアーだ。持ち歌シャッフルとかもあるんだからしっかりしろよ」
「僕はレン君の歌を歌えるのが楽しみです。闘牛士になったつもりで頑張りますよぉ」
「よしその調子だ! 気合入れていくぞー! 再開だー!」
「おー!」
翔はスポーツドリンクを一気飲みして立ち上がった。

お題:人妻の愛 制限時間:15分

 はじめはそう、ドラマでの出会いだった。それを見た翌日ふらりとCDショップへ行ったら握手会つきCDが一枚だけ残っていたのだ。あれが全部いけないんだ。
 
 イベントスペースで行われた「寿嶺二握手会」はずらりと長い行列を作った。ファンの年齢層はST☆RISHに比べれば少々高いのだろうか、でもところどころに制服を着た女子高生がいるから「幅広い年代に支持されている」というあれなのだろう。目の前の女子高生は両手で握手されたあと頭も撫でられていた。お兄さんキャラを通している。そして私の番がやってきた。
「こんにちは~」
至近距離で見る嶺二はテレビで見るよりずっとかっこいい。これで3枚目で売っているというのだからおかしい。でもあの芸人根性は間違いなくシャイニング事務所で培われたものだと思う。
「あの、この前のドラマみました! ホスト役って意外だなと思ったけど格好よかったです!」
「これからもれいちゃんの新境地をバンバン開拓していくから楽しみにしててねー。今日は来てくれてありがとうマイガール」
 音がするような見事なウィンクを決められた。旦那より年上なのになんて可愛い人だろう。
夢見がちなまま会場の外に出た。なんだか泣きそうだ。アイドル、やばい。開けてはいけない扉を開けたかもしれないと思った1日だった

お題:小説の中の14歳 制限時間:15分 未完

 今度遠距離恋愛のドラマに主演することになったというとトキヤはあなたにもそういうオファーが来るようになったのですか、と驚いたように言った。そんなわけで俺も久しぶりに学生服を着た。早乙女学園はブレザーだったから中学生の時以来だ。
 19歳、学生服を着るのはそろそろ許されないんじゃないかという年齢になったけどなんか変にしっくりくる。物語の舞台は名古屋で翔に名古屋の話を聞いたりして役作りをした。原作の小説は14歳だけどもうすこし年齢を上げて16歳っていうことになった。
 携帯電話がない時代、無敵なようでなにもかもが不自由な年齢の恋の物語。携帯電話がないってことは誰かに連絡するにも少し不自由があるっていうことだ。そういうのは14歳だったころの俺を思い出せばいい。俺が携帯を持ったのは早乙女学園に入学してからだ。14歳の俺は携帯をもっていなかった。施設には事務所には電話はあったけど自由に使える電話は公衆電話のみ。当然長電話なんてできないしする相手もいなかった。
 14歳だった俺が夢見たアイドルになって数年、少し前にようやくメンバーの皆に施設出身であることを話することができた。七海の迷子ぷりは本当にいつ見ても不思議で目が離せなくなるほどのものだけど、あの時は迷子になってくれてよかったと思う。いいきっかけになった。

お題:悔しい車 制限時間:15分

 免許所持の比率というのはさほど高くない。身の回りで言えばアイアイは未成年だしランランはガソリン代がもったいねーっていうし(でもランラン免許持ってるよね。車がないだけだよねぼくちん知ってんだからね。この前一通逆走したの忘れないからね)ミューちゃんにいたっては馬に乗る。まあ馬だって軽車両だしいいけど観光用に間違われるからやめてほしいよねー。
 車っていうのは1人になれる絶好の場所だ。信号待ちの間にさっきまでいた場所のことを思い出す。舌打ちして隠していた煙草を取り出して咥える。火をつければもう用済みだとぞんざいにライターを放り投げた。
「残念だけど」
 何が残念なものか。
 はじめから出来レースのオーディションだったくせに。僕を持ち上げといて選ぶつもりなんてこれっぽっちもなかったんだ。
 海へ向かうまっすぐな一本道でアクセルを踏み込む。事務所の力だけでヘタクソが仕事とりやがって面白くもない。

( お題:ナウい門 制限時間:15分 未完)

「オトヤ、これはどういう意味ですか」
セシルが指差した先には「ナウい門」と書かれた謎のメモが置かれていた。何かの走り書きのようだ。
「……? な、なう……よく分かんないけど昔っぽいことばだかられいちゃんのかなあ」
「ちょっとおとやんそれどういう意味!? 僕の語彙が古いっていうこと? やめてよね僕おとやんと7つしか変わらないんだから!」
パソコンに向かっていた嶺二は首だけを音也にむけてがあっと噛み付いた。
「だって考えてもみてよ。ここマスターコース寮だよ関係者以外立ち入らないんだよ。れいちゃんしか考えられないよ」
「ナウいとはどういう意味ですか」
「ざくざく酷っ。れいちゃん悲しい。あとセッシーはこれは覚えなくてもいいよ」
「れいちゃんのその言葉ってなんでそんななの? アイドルでしょ?」
「久しぶりに聞いたよそんな言葉って笑ってくれる人がいるからね。アイドルは人を笑顔にするのが仕事だからね」

お題:愛すべきわずらい 制限時間:15分

 じゃあオレの愛するハニーの話をしようか。
 ハニーはオレの2つ年下で作曲家だ。知ってるって? デビューしたてのころはずっとオレだけに曲を書いてよなんて言ってたけど、数年も経てばそうも言ってられなくなった。オファーが舞い込んできたのだ。愛する人が認められるっていうのは嬉しいことだ。オレがいうのもなんだけどハニーは才能にあふれてる。早乙女学園に入学したものの毎日レディたちと遊んで暮らしていたオレに食らいついて音楽の道に連れ込んだだけのことはある。だからこそ責任とってほしいじゃない? もうハニーの音楽なしには生きていられないんだって。
 もう1回言うけどオレのハニーは才能にあふれている。
 オレのことだけを見ていて欲しいって時も「ちょ、ちょっと待ってくださいっ」って真っ赤になりながらも五線譜を手に取る。ひと段落つくまではオレのほうなんて見てもくれない。まあそういうところを含めて愛しているんだけど。
 ……ちょっとちゃんと聞いてるの聖川。え、もう飽きたって? まだ話したいことは山ほどあるんだよ。聞いてよ。

( お題:斬新な雲 制限時間:15分 未完)

早乙女学園は1年限定の芸能専門学校とはいえある程度は普通の授業も存在する。美術のような芸術系科目もまたしかりだ。シャイニング早乙女の思い付きによってとんでもない実技に変貌することはままあるが、そこは早乙女学園の施設は整っているため大抵のことは学内で事がたりる。
「ん? イッチーはどうしたんだい?」
いつもは姿勢よく座って譜面や参考書を開いているトキヤが、背中に何か重たい荷物でも背負っているようにしてしょげかえっている。
そんなトキヤを横目にレンは翔に小声で話しかけた。
「この前美術の時間に写生大会だー! つって外に出ただろ? その時に描いた絵が……」
「ああ、イッチーの絵はシノミーの料理みたいな芸術的センスに溢れてるからね」
「……お前それあいつに言ってやるなよ。ただの追い討ちだから。それでその時描いた学園長の銅像が春歌に見られて」
翔の声はよりいっそう潜められる。2人で肩を寄せ合ってよりいっそう内緒話をしている様相になる。
「『……斬新なかたちな雲ですね』って言われたみたいで」
「ぶっ」
こらえ切れなかったらしいレンは大声を上げて笑い出す。それに気付いたトキヤは一歩一歩重く踏みしめながら2人の所に歩いてくる。
「お2人とも、何の話をされているのですか?」
「ちょっとトキヤ、顔怖いって。おいレンいつまでも爆笑していないでトキヤを止めろって」
その後次の授業がはじまるまで2人は延々と説教されたという。
人の弱点について触ってはいけないと思い知った日のことだ。

( お題:可愛い結婚 制限時間:15分 未完)

「結婚式、ですか」
「今度久しぶりに7人一緒にって仕事が結婚式で撮影なんですよぉ」
 ST☆RISHとしてデビューして数年経って、単独の仕事も増えた。7人一緒の仕事といえば今みたいに新曲関連の仕事か、月数回のテレビ収録のみとなった。那月は撮影に使うラフ画を春歌へ渡した。雑誌とCM同時に展開することになっており、CM版の音楽は春歌が作ることになっている。
「俺たち結婚とかまだ遠い話だけどなんだか予行演習みたいでどきどきするね」
「イッチーはこの前略奪愛のドラマをやってたね。花嫁を式場から攫うってどんな気分?」
「私に聞かなくてもあなたはいくらでも経験しているでしょう」
「酷いなあ。さすがにこっちから仕掛けたことはないんだよ?」

( お題:俺の村 制限時間:15分)

 俺の村には誰も住んでいない。何人か住んでいたこともあった。裏切ってどこかに行ってしまった。
 この人にはずっと住んでいてほしいと思ったこともあった。今はもう誰もいなくなった。
 ベース1本だけかついで宮城から出てきた。まったく芽が出なくて食うものにも困ってじいさんとばあさんが切り盛りしてる洋食屋ではかなり長い間世話になった。騙されそうになっていた所を俺が止めたことが何回かあるぐらい人を疑うことを知らない善人だった。
 シャイニング事務所に移籍してなんとか安定してきた所でバイトはやめた。しばらくしてくそめんどくさい後輩を2人ばかし押し付けられた。俺に因縁のある財閥の関係者だった。それが終われば今度は1年半もたって芽も出ない作曲家の卵、しかも女。
 指導なんか今度こそするつもりはなかった。俺が歌うのに相応しいロックを女が書けると思っていなかったからだ。なのにあいつはパセリのじいさんばあさんどもの上を行くバカだった。首輪でも付けて見える場所に置いておかないとこっちが不安になるレベルのだ。
 あんなふにゃふにゃしたなりであんな熱い音楽が流れてくるなんて本当に底が知れないやつだと思った。
  俺の村にはひとりの音楽家が住みついた。子犬か子猫みたいにじゃれ付いてくる。不思議と不快ではなく、誰かがいる生活というのは悪くない。そう思ったのは故郷を出て以来久しぶりのことだった。

(お題:純白の魚 制限時間:15分 未完)

 白魚のような指、というのは果たして男に使う形容詞として正しいものかどうか分からないが真斗は綺麗な手をしているとよく評されている。色白で細いがピアノを弾くに適した大きめの男らしい手だ。去年は紺色の浴衣で子供の手を引いて花火大会へ行くCMが好評を博した。思えばこのCMも子供と繋いだ手がテレビに大写しになったのだ。その年の印象的なCMとして賞を受賞し真斗もまた授賞式に赴いた。
 神宮寺レンあたりに言わせれば「苦労を全く知らない手だね」とでも言い放ってそのまま喧嘩に流れ込む所だろう。普段は仲裁役として間に入りがちのレンは真斗相手となると急に大人気なくなる。トキヤは真斗の肩を持ちたがるしとなればこの2人の喧嘩を中立の立場で止められるのは最近では翔ぐらいとなった。

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